高校生からの質問についての回答(認知症について)

先日、介護職員初任者研修(旧ホームヘルパー2級)の講師として高校の福祉科にいった。受講生は高校生。高校生に教えるのは初めてである。
その日のテーマは「認知症の理解」。講義のあとにレポートが送られてきた。講義中は反応がいまいちな印象だったのだけれど、レポートに書かれた質問を読むと、しっかり問題意識をもって聞いていたんだな、と思った。
質問がなかなかするどく、面白かったので、一部をここで紹介。一つのパラグラフの中に質問が複数入っていて、ちょっとわかりにくいが、質問の文章はそのまま掲載した。

画像の説明

Q.パーソンセンダードケアのことをもっと聞きたかったです。中核症状は、脳の細胞が死ぬことでなる人ですよね?周辺症状になるのは、性格・素質や環境・心理状態で周辺症状になるのかもっと聞きたかったです。

パーソン・センタード・ケアは、自然科学や神学を修めた後に老年心理学教授となったトム・キットウッドという人が、1980年代末のイギリスで提唱したものです。
当時のイギリスでは、認知症をもつ人は「何もわからなくなり奇妙な行動をする人」という考え方が支配的でした。介護施設では、時間通りにおむつ交換や入浴介助を行う、業務中心の流れ作業的なケアが行われていました(日本でも同じようなものでしたが)。

キットウッドは自ら率いる研究グループと共に施設に出向き、膨大な時間をかけて認知症をもつ人々を観察しました。その観察を通して、人としての尊厳が傷つけられることが、彼らの状態の悪化に大きく影響していることに気づきました。

例えば、失敗した時に職員から「こんなこともできないの?」と見下されたり、物を扱うように急に車いすを動かされたり、騒ぐからといってのけ者にされたりすることが、ケア現場では日常的に見られる光景でした。そのような現場では、初めは怒りをあらわにしていた認知症の人も、次第にあきらめてテーブルやベッドにふして過ごすようになり、最終的には生きる意欲さえ失くしてしまうとキットウッドは指摘しました。

そこでキットウッドは、認知症をもつ人の見方を職場全体で変える必要があると考えました。従来は、「認知症の人」という言葉の中で、「認知症」の部分ばかりに着目して、「病気のせいで奇妙な行動をとるようになった」と捉えるのが一般的でした。この見方では、認知症は医療分野で扱う問題にとどまってしまいます。

しかし、同程度の記憶障害がみられるアルツハイマー型認知症の人であっても、必ずしも同じ行動(周辺症状)をとるわけではありません。脳の障害されている部分が同じなら、同じ行動をとりそうなものですが、そうではなかったわけです。だから脳の障害の他に、その「人」の部分、つまり、性格とか育ってきた環境という要因に着目することで、ケアのあり方を問うたのです。
 
目の前の認知症をもつ人々の行動や状態は、認知症の原因となる疾患のみに影響されているのではなく、その他の要因との相互作用であるという考えをキットウッドは以下のようにまとめました。

・脳の障害(アルツハイマー病、脳血管障害など)
・性格傾向(性格傾向・対処スタイルなど)
・生活歴(成育歴、職歴、趣味など)
・健康状態、感覚機能(既往歴、現在の体調、視力・聴力など)
・その人を取り囲む社会心理(周囲の人の認識、環境など)

例えば、朝から妙に落ち着かず歩き回っているのは、便秘や発熱などの体調不良が影響している場合があります。また、元々主婦だった女性が家に帰りたがるのは、食事の準備が気になるという生活習慣の影響があるかもしれません。様々な行動をすべて原因疾患のせいにしてしまうと、抑制するには薬しかないと考えがちですが、その他の要因を探っていくことで、ケアの力を発揮することが可能になると考えられます。

認知症をもつ人々は、体のどこかが痛くても部屋が騒がし過ぎても、ただ不快感に襲われるだけで、その原因を言葉でうまく表現できない場合があります。その結果、大声を上げたり暴れるという手段でその不快感を訴えざるを得ないのです。その人の立場に立って状況を理解しようという姿勢で接するかどうかによって、認知症者の行動や症状は良くも悪くもなることを知っておきましょう。

Q.中核症状で脳の重要な機能が低下するため、壊れゆく自分を意識してっと教科書に書いてありますが、中核症状になっても意識ははっきりしているのですか?中核症状の「その他」と書いてありましたが、「その他」には何があるんでしょうか。

中核症状が出ていても、意識は普通にあります。ただ、認知症が最重度になると意識状態も低下していって、一日の大半を傾眠(うつらうつらすること)状態で過ごすことになります。
 
中核症状の「その他」には言語障害や失行、失認といった症状があります。

言語障害:言葉の理解が難しくなります。音として聞こえていても、その内容を理解できなかったり、また、自分が思っていることとは別の言葉が出てしまう、相手に伝わるように話すことが難しくなります。

失行は、「お茶を入れる」、「服を着る」、「スプーンを使ってご飯を食べる」など日常的に行っていた動作が手足の障害がない(例えば麻痺がない)にもかかわらず行えなくなることです。

失認は、自分の身体の状態や自分と物との位置関係、目の前にあるものが何かを認識することが難しくなることです。これは脳卒中を起こした人によく見られる障害でもあります。半側空間無視(はんそくくうかんむし)では、自分の身体の半分(左側または右側)の空間が認識できず、「ご飯を半側だけ残す」、「片方の腕の袖を通し忘れる」などがみられます。

Q.抑うつとは、何歳〜何歳までなる人でしょうか?パーキンソン症状?妄想で物を盗られたなど言われた場合は、どういう感じに対応すればよろしいのか教えてほしいです。

うつの発症にはとくに年齢的なものは関係ありません。何歳でもなります。パーキンソン病の人のなかには抑うつを発症する人は多いです。これはもともと真面目な性格の人がパーキンソン病になりやすいといったことが関係しているかもしれません。

物盗られ妄想の利用者に出くわしたときは、軽度なら軽く受け流す。重度(執拗に個人攻撃をしてくるなら)、その利用者の担当からはずしてもらったり、あまり会わないようにすることですね。

Q.治る認知症のお話で「すいとうしょう」の名前が出てきましたが漢字では、どう書くのですか?すいとうしょう以外に治る認知症は、あるんですか?まだらな認知症とは、どんな認知症のことなんでしょうか?認知症のケアでコミュニケーション以外に大事なことはありますか?

一つずつ説明します。
・すいとうしょうは「水頭症」と書きます。正確には正常圧水頭症が治る認知症です。
・他に治療可能な認知症には、低ナトリウム血症、肝性脳症、慢性髄膜炎などがあります。
・まだら認知症は、例えば短期記憶障害は中度なのに、日にちや人(見当識)はしっかり理解しているという認知症です。脳の血流障害が主な原因なので、血流が悪い時間帯などはぼおっとしているし、活発なときははっきりしている、というのも特徴です。
・認知症ケアでコミュニケーション以外に大事なことは、ずばり利用者の健康管理です。突然周辺症状が現れる、という場合は、まず次の身体の異常を疑います。脱水、発熱、便秘、持病の悪化、持病以外の病気の可能性です。認知症ケアは精神論(コミュニケーション)ですべてなんとかなるものではないことを覚えていて下さい。

Q.「レスパイト」とは、どんなことをするのですか?「レスパイト」とは、どんな意味がありますか?もし頻繁に徘徊している利用者さんがいたらどうするべきですか?聞きのがしてしまったのですが、老老介護と認認介護の違いはなんですか?

「レスパイト」は休息という意味です。我々が用意できる介護サービスで言うと、24時間のうちで昼間の休息時間が得られるのがデイサービス、1ヶ月のうちで数日の休息時間が得られるのがショートステイという考え方ができます。

頻繁な徘徊についての対応ですが、ここで例示するのは難しいですね。徘徊の原因によって対応を変えることになるからです。徘徊する原因が便秘の場合は排泄介助を見直すべきだし、帰宅願望ならその人の居場所つくりをすべきということになります。

認認介護であれば老老介護だと思っていて下さい。逆に老老介護と認認介護はイコールにはなりません。認知症でない高齢者はたくさんいます。

Q.家族の叱責とは、どういう意味でしょうか?認知症初期は、治すことが可能なんでしょうか?認知症の受容過程での援助とは、どういうことですか?介護負担の軽減とは、どういうことですか?認知症の受容過程での援助や介護負担の軽減は、どんなことをする人ですか?

家族の叱責
認知症で介護が必要な人の家族がその人を叱ることです。これは大きく2つの要素があります。まず認知症そのものについての理解の浅さ。認知症という状態になっていることがわからず、ふざけている、ぐうたらしている、嘘をついていると思うので叱るというものです。

2つ目は、認知症前の、「できていた」ときの記憶が強いので、今の状態を認められないというものです。自分の中にあるその人のイメージの転換がうまくいかないために、もっとできるでしょうという気持ちになって叱る、という事が起こります。

認知症初期は治すことは可能か?
治すとは、記憶障害のことでしょうか。治療できる認知症を除くと、記憶障害を含めた中核症状を治すことはできません。

認知症の受容過程の援助
受容に至る過程には、いくつかの段階があります。これは認知症だけに限った考え方ではなく、障害や死の受容過程にも当てはまります。

初めの過程は「否定」。なんかおかしい、ひっとして認知症かもしれないと思っても、まさか自分の家族が、と思います。そして認知症ではない、ちょっと疲れているだけだ、とか自分の勘違いだ、と考えます。

次に「怒り」がきます。なんで自分の家族が認知症なんてものになるのだ、と理不尽さに怒りを覚えます。それが認知症の人そのものに向けられることもあります。

その次は「あきらめ」です。どうしたって、認知症は認知症。物忘れを治すことはできないとあきらめの境地に達します。

そして最後が「受容」です。認知症があっても、今のままの状態でいい。今の生活を受け入れるという気持ちです。
援助者は、本人や家族がどの受容過程にいるのかを見定めながら、接し方を変えていきます。

介護負担の軽減とは?
介護負担とは、介護する側の主観によっていくらでも変わるものです。だから、もっと正確に表現するなら、介護負担感ということになると思います。負担感は人によって感じ方が違います。例えばおむつ交換に習熟している人と、そうでない人では負担感が全く違います。

認知症についても、今後どのようになっていくかを知っている人と、知らない人では抱く負担感が違います。このように、介護する側がどの程度負担に感じているか、ということが重要です。ですから、何を最も負担に感じているか?という視点から負担感の軽減を図っていく必要があります。

介護職や相談員、ケアマネージャーは介護負担軽減の支援を行います。介護職は直接的な介護によって身体的負担を軽減することができます。相談員やケアマネは直接介助には携わりませんが、家族さんとの面接を通じて、介護負担「感」を軽減させることになります。

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