外国人介護職の導入の注意点

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外国人労働力の導入が進んでいる。EPAを布石に、外構人技能実習生にも介護が追加された。介護には日本語要件や介護福祉士の試験に合格しなければいけないなどの条件がある。けっこう難しいと僕は思っているのが、国のことだろう。小手先のワザをまた使ってくるに違いない。

ということで、介護現場にはある一定数の外国人が入ってくることは確定事項だ。この流れは止められない。さらに5年もすれば、職場に外国人がいることが珍しくなっている。介護業界もグローバリズムにやっと追いついたということだろうか。好意的にみたらだけれど。

求人を出しても日本人がこない現状なら、施設管理者は「外国人でもいいので、現場に人が欲しい」。こう考える人がたくさんいても不思議ではない。将来的には外国人介護職の割合がもっと増えることになるだろう。

僕はひそかに中国語で「トイレ連れて行って下さい」と「お腹いっぱいだからもういりません」を練習している。中国語って難しいですよね。

横浜市は7月31日、ベトナムの自治体や学校と介護人材の受け入れに関する覚書を締結したと発表した。送り出すベトナム側は、日本で介護福祉士を目指す意欲のある学生らを推薦。横浜市は受け入れた留学生に対し、資格取得に向けた費用の補助や働く施設の紹介などの支援を展開していく。横浜市内では2025年までにおよそ8500人の介護人材が不足する見込み。今後の深刻な課題の解消につなげていく施策の一環だ。

横浜市、介護人材受け入れでベトナムと覚書 自治体で初 留学生を手厚く支援http://www.care-mane.com/member/news/9580.html?CID=&TCD=0&CP=1

外国人でも職場に馴染む

市のレベルで介護を外国人に頼むことをしたわけだ。日本もここまできたか、という感じである。他の自治台も後に続け、と行うところもでてくるだろう。実は僕がいた特別養護老人ホームにもベトナム人の介護職がいた。他の職員ともうまくやっていて、コミュニケーションに問題があるようにもみられなかった。時々、日本語がわからなかったり、日本人なら常識だと思えることに戸惑っていたけれど、周囲の職員とコミュニケーションをとることで、職員のいち員として仕事に励んでいたように見えた。

ただ、ときどき、ふと彼の目が悲しそうな色を浮かべることがあった。僕はそこにどうしようもない孤独を感じた。表面上はうまくやっているように見えても、日本人とまったく同じようにはできないし、文化的に足りない知識が利用者たちに迷惑をかけていないか心配する目だった。

外国人ばかり、それもことなった文化の日常生活の介護をしなければいけない。彼らにとっては見た目以上にヘヴィーな毎日のはずだった。彼らはいつも緊張していたのが、その現れだったのかと今になって思う。

日本にはベトナムや韓国の文化圏がちゃんとある

外国人介護職とは直接関係ないけれど、僕が働いていた地域ではベトナム人街とでも呼ぶべき、コミュニティがあった。ベトナム戦争時代にボートピープルになった人々が流れつき、そこに自分たちの住むコミュニティを作ったのだ。デイサービスの相談員はベトナム人で、向こうの言葉だとなんて読むのかわからないくらいである。みんな名前の読みよやすいところを呼んでいたけれど。高齢化したベトナム人にはベトナム人の介護職や相談員がついていた。

韓国の文化圏(コミュニティ)もある。自転車で町の中を行き来すると、そこかしこにハングル文字がかかれていて、やけにたくさん焼肉屋がある。そのお店のいくつかは僕のお気に入りだった。僕がいたところは神戸だったけれど、大阪にも韓国文化や他のベトナム、インドネシアの文化がミックスされている場である。

もとも西日本はそういったベトナム、韓国などの文化圏との距離が近かった。また関東は世界有の文化のるつぼみたいな都市である。でも日本人の非常にプライヴェートな領域にまで外国人である彼らが入ってこられるだろうか。何せ、実の家族も拒否し、同じ日本児でも拒否するような仕事なのだ。

僕は思うのだけど、外国人介護職の彼らもまた生活者であり、日本に住んでいる間は同じ土地に住む仲間である。介護という労働力だと単なる捉え方では、きっと現場でも上手くいかないだろう。横浜市は日本語の勉強を教える、住むところを準備する、勉強などに必要なお金を与える。
こういうモノ的なものだけでは不十分だ。外国人である彼らから、日本人に文化を分け与え、日本も逆に日本の文化と交流する機会をもつことが重要だと僕は考えている。

彼らは単純な労働力ではなく、共に生活する隣人

モノ、カネは与える。その代りに介護の労働力をください。という論理はシンプルだけれど、人間の生活というのはそこまで単純に成り立たない。単純な介護労働力とカネの交換だと見てはいけないのだ。あちらの文化を知る機会作りも行い、文化の相互交流を行わないといけない。別にこれは道徳的な意味から言っているわけでも、親切心から提言しているわけではない。

外国文化が日本の中にできる。そしてそれが時間をかけて混じり合わさっていかないと、諸外国が頭をかかえる移民問題に発展する。在留資格があるとは言え、介護福祉士資格をとれば日本に住む就く人々も出てくる。

すると、もう彼らを単純な介護労働力としてみることはできない。彼らが持つ文化的背景も尊重し共生する必要に迫られるだろう。日本の文化ばかりをおしつけるようにして介護の仕事をやってもらうと、トラブルが起きるのは目に見えている。

日本語教育とか介護福祉士の国家試験の勉強を教えるとか、現在は教える側の一方通行だ。でも人間(とくに文化の違う外国人)を相手にしている以上、あちら側からも僕たちは何かを教わるべきだと思う。介護は人間が人間に対してするものだ。機械にたいしてじゃない。機械は自分の育ってきた歴史や趣味・志向については教えてくれない。それが対人関係職と機械組み立て業の違いだし、この違いはかなり大きい。

多文化理解と共生。日本人介護職にこそ、そういった視点の教育が必要だ。はたして提携をした横浜市はそこまで考えているのだろうか?僕は横浜市とは何の関係もないけれど、一人の介護関係者としては非常に気になるところである。

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