介護保険の3割負担導入について考える

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介護保険サービスを利用したとき、利用者の自己負担割合は原則1割だ。つまり実際にかかった料金の10%をサービス事業所に支払う。残りの90%は介護保険から支払われる。これがいままでの介護保険の費用体系だった。シンプルでよろしかったわけだが、これが2015年8月から一定以上の所得がある利用者の負担割合が2割に変更された。また今年(2018年)の8月からは、さらに3割を負担する層ができた。

この3割負担の基準は、一人暮らし世帯の人で年収が340万円以上、高齢者の夫婦世帯では463万円以上となる。本当はもっと細かく規定されているのだが、ややこしくなるので割愛する。6月から順次、「介護保険負担割合証」というものが送付されているはずなので、自分が何割を負担するかはそれでわかる。1割から2割に引き上げるまで10数年かけたのに、2割から3割になるのはたった2年。そこまで介護保険財政は切羽詰まっているのだろうか。今日は3割負担について考えてみたい。

3割負担導入は制度を維持可能なものにするため?

そもそも、なぜ負担割合が増えたのだろうか。厚生労働省が出したパンフレットにその理由が書いてある。

Q.どうして見直しを行ったのですか。
A.介護保険制度を今後も持続可能なものとし、世代内・世代間の負担の公平、負担能力に応じた負担を求める観点から、負担能力のある方についてはご負担をお願いする ため、見直しを行うこととしたものです。

平成30年8月から  現役並みの所得のある方は、  介護サービスを利用した時の  負担割合が 3割になります 厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/content/000334525.pdf

上記のパンフレットにはこれだけしか書いていない。まあ数字を出すと詳しく説明するしかなくなるし、細かく説明すると社会保障についての全体像を説明するしかなくなるから、極論だけ載せたのだろう。要は「介護保険制度を持続可能なものにする」ためだということだ。でも僕はこの言葉に首をかしげてしまった。3割負担層を作ったからといって、持続可能なものになるのだろうか?詳しくは後述する。

社会保障費の大部分を占めるのは、年金と医療保険だ。年金制度、医療保険制度はともに、戦前からあった。そして、現在の基本的な形ができたのは両者とも1961年だ。それから既に57年もたっている。もちろん、スタート時から見れば制度の内容もずいぶん変わっているが、それにしても息の長い仕組みである。

話しがいきなり飛躍して申し訳ないが、江戸幕府が倒れたのが一言でいうと「制度疲労」であったように、制度は長く運用すれば自然と持たなくなってくる。年金制度しかり、医療保険制度しかりである。人口構成やら産業構造やら税収入の構造が変わっていて、両制度ともにすでに制度疲労の域に達しているのだ。

しかし、介護保険はどうだろう。介護保険が始まったのは2000年で、今年(2018年)でまだ18年しかたっていない。これでもし「制度疲労をおこした」と言うなら、そもそもの初めの設計に無理があった(=杜撰だった)ということだろう。

3割負担になった影響は大きいのか?

今のところ、1割負担の利用者にとくに影響はない。これまで2割負担だった人で、その中でも所得の高かった人が3割になるので、これまで同様2割負担の人もとくに利用料が増えるということもない。そして新たに3割負担になる人も高額介護サービス費というものがある。これは支払いが高額になった人の救済措置とでも呼べるもので、1ヵ月あたりの介護サービス費が44,000円を超えた場合は、その超えた分のお金が戻ってくるというものだ。そのため、仮に1割負担から3話負担になったからと言って、単純に支払う利用料が3倍になるわけではない。

2割負担となったときの厚労省の調査では、2割負担となった利用者の3.8%がサービス利用を減らしたり中止したりした。「負担が重い」ことが理由だった人はそのうち35%だった。今回も一部の人がサービス利用を控える可能性はある。しかし、3割負担の層は、かなり所得の高い人々である。上のような高額介護サービス費制度もある。また厚生労働省の推計では、負担増となるのは利用者全体の3%弱に当たる約12万人のみ。そのため、全体的にそれほど大きな影響があるとは僕は思っていない。こんなんで給付費の抑制に本当になるのだろうか。

介護保険サービス利用時の費用負担について、僕は個人的には今までの1割負担が安すぎたと思っている。これまでの高齢者は年金制度が充分整っていなかった時代の人たちだった。だから無年金とか、国民年金だけ、という人が多かった。そういった人々には1割負担とか、各種の減免制度は必要だ。

でも最近はきっちり厚生年金をもらってます、という人が多くなってきた。どうせ年金や財産が塩漬けにされるくらいなら、介護サービス費としてしっかり払ってもらったほうが良いと思う。まして公的サービスがどんどん削られているのだから、上乗せサービスを選択してもらうことも必要だ。

将来の介護保険制度の形とは?

これまでみてきたことからすると、3割負担を導入したからといって、「介護保険制度を持続可能なものにする」ためには全然足らないということがわかる。大多数は1割負担層であり、その層がこれまで介護保険財政を圧迫してきたのだから。こうした数字からみても抑制策にはなりえない。

国がみているのは、もっと将来的なことなのだろう。負担割合の基準についてはもっと細かく段階設定することになるかもしれない。また介護サービスの種類によって、負担割合を変更する気かもしれない。つまり在宅では家事支援サービスは切って、身体介護サービスのみに限定したい。また入所サービスでは重度者への給付に絞りたいわけだ。3割負担導入も、そのための布石の一つに過ぎないのではないか。

また、介護保険を作るときから、障害者をふくめた包括的な制度にしようという話があった。高齢者を対象にしている介護保険なのだから、頭に「老齢」とか「高齢者」という言葉がついてもよさそうなのに、ついていない。しかし、障害当事者や親、団体の反対が猛烈でけっきょく実現しなかった。ドイツは障害者支援制度も高齢者の介護制度もすべていっしょくたにしている。韓国の介護保険制度もとくに年齢条件は課されていない(対象となるのは高齢者が多いとしても)。

一概に日本の介護保険制度が高齢者のみを対象としているから劣っているとは言えない。国によって制度に違いがあるのは当然である。しかし、日本も生産年齢人口がこのまま減っていけば(移民を入れなければ間違いなく減っていく)、障害者制度と高齢者介護との制度の合体という方向に舵をきらなければいけなくなる。その時は利用料負担でまたもめるだろうけれど。

どんな制度になるかは誰もわからない(はず)

障害者はもちろんだが、高齢者と言えども、現代は介護を受けながら生活する期間が長くなっている。介護の仕事をしていると60代で脳卒中を起こした人にたびたび出会う。脳卒中にはさまざまな後遺症があり、軽度から重度までいろいろあるが、後遺症は現代医療では治せない。だから若くして後遺症を持った人は、ずっとそのままである。つまりずっと公的な支援を受けることになる。人の生き死にや健康、人生や生活について、お金を基準にして測りたくはない。でもお金(経済)を考えずに社会福祉を語ることができないのも冷徹な事実なのだ。

僕は将来的に、介護サービスの自己負担は増えていくと思う。しかし普通のサービスとは違うので、料金負担が増えたからと言って、以前よりよいサービスが受けられるわけではない。現在のような準市場のままでいくのか、競争市場に放り出すのか、はたまた措置時代に戻るのか。どのような形になるにせよ、抜本的な制度は作られると思う。20年たらずで負担割合を3割まであげた現在の介護保険制度が長く続くわけがない。でもその抜本的な制度がどのような形になるのか、今はたぶん誰にもわからない。

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