心不全、姉、転院〜ふたたび、前田久夫さんのこと〜

前田さんはベッドに寝て、怪我したほうの足はマットの上に置かれていた。足は包帯でがちがちに固められていた。寝起きするには介助が必要だし、移動も車椅子が必要だった。完全に要介護状態である。だが僕を前にすると、相変わらずのマシンガントークが炸裂した。

こちらが話す隙も与えてくれない。もう完全に入院生活に飽きているのである。そのうっぷんを僕に向かって吐き出したいのだ。冗談ではない。僕はただ介護認定の区分変更が必要かどうかを確認しにきただけだ。僕は彼のダッチワイフではない。いつも好きなようにされてはたまらない。

彼の話をいくら聞いても病状や体の状態についての正確なところは何も分からない。それで僕は看護師の詰め所に行った。詰め所は前田さんの部屋のすぐ近く(左ななめ前)にあった。

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姉の連絡先

「こんにちは。すいません、そこの部屋の前田さんの担当ケアマネなんですが、介護保険の見直しを考えていまして、本人の状態を教えてもらえますか?」

僕が1人の看護師にそう声をかけると、しばらくお待ち下さいといって看護師は詰め所の奥に引っ込んだ。詰め所の隣はICUになっていた。4床分の患者のベッドがそこに置かれていた。ベッドの2つは空床だった。

「はい?前田さんのことですか?」と年かさの看護師が僕に声をかけてきた。

「介護認定の区分変更が必要なら早めにしたほうがいいかなと思いまして。いまどんな状態ですか?どんな治療をされていますか?」
僕がそう言うと、その看護師(名札をみると看護師長だった)は一瞬困ったような表情をした。そしてこう言った。
「まだ難しいんじゃないかしら。1週間前に心不全で危ない状態になったので」

僕はそれを聞いて驚いた。つい今まで普通に話していた人が、つい1週間前に心不全で危ない状態になっていただって?

そのため、その看護師長が本人の荷物を物色すると(前田さんが大事だというものは、一揃い全部僕が運んだのだ)、財布の奥の方から姉の連絡先が書かれた紙が出てきた。その連絡先に電話すると、姉に連絡が通じたという。姉は宮崎県に住んでいたが、連絡した2日後には自分の息子と一緒に病院まで駆けつけてくれたらしい。

姉の連絡先はちゃんと控えてあったのか、と僕は思った。彼は僕には教えてくれなかった。いや、彼は誰にも教えてはいなかった。看護師が止むにやまれて見つけただけだ。まあ前田さんも入院した時には自分が死にかけるなんて思ってもみなかったのだろう。僕だってそうだったのだから。

「ま、足の件もあるし、歩けるようになるまでリハビリが始まってからですね。まだいつになる、というのは分かりません」
僕は礼を言って前田さんの病室に戻った。

自分のことは自分でするから

「大変だったみたいですね。看護師さんから死にかけたと聞いて来ましたけど?」僕が喋れたのはその最初だけの2つのセンテンスだけだった。後はほとんど彼が話した。いつまで入院しなくてはいけないのか、内服薬が漢方薬ではなく、病院処方の薬を飲まなくてはいけない不満、早く歩けるようになりたい、

放っておけば延々と喋り続けたことだろう。僕はこれがたった一週間前に危篤状態に陥った人間か?とさっきの看護師の話を疑った。でも、本人に断りもなく(断ろうにも意識がなかったから断れるはずもなく)、荷物を物色して親族の連絡先を探そうとしたのだから、本当なのだろう。

僕は姉の話を出してみた。彼は一瞬、食べ物でないものを食べてしまった人のような顔をした。治療のおかげで喋れるようになったあと、前田さんと姉は対面した。何十年ぶり、くらいの対面だった。姉がどう言ったかは分からない。ただ、宮崎から神戸までわざわざ来てくれた姉に対して、前田さんはこう言い放ったらしい。

「あなたとはもう連絡を立ってずいぶんたつし、自分のことは自分でするから帰って欲しい」

いやいや、自分のことが自分でできていないじゃないか。もちろん前田さんに対してそんなことは言わなかった。彼には家族に対して、そう言ってしまう何かを抱えていたのだろう。僕にはその何かについて理解することはできない。

「それで、これからどうするつもりですか?」と僕は聞いた。

これまでに関わりのあった宗教団体の代表の方が面倒を見てくれるといっている。そう前田さんは答えた。でも具体的にどんな面倒を見てくれるのかについて、前田さんは何も知らなかった。期待感は持っている。でも何をどう、どこまでしてくれるのかまでは分からない。僕は特定の宗教を信じているわけではない。「新興宗教の団体=うさんくさい」とひとまとめに断じることも好きではない。でも、やはり好ましい状況とは言えない。

好奇心

前田さんのお見舞にいった1週間後に、病院の相談員から電話がかかってきた。

「歩行のリハビリのために、リハビリ病院に転院することになりました」と相談員は言った。

僕が入院時に聞いた話しでは、歩行のリハビリまで入院中にしてくれるとのことだった。でもこの前、お見舞に行った時の前田さんの言動からして、あまり長く入院させてくれるとも思えなかった。

前田さんは完全な認知症とは言えなかったが、彼の話は異常に長い。話の論理自体はけっこうしっかりしているから、適当にあしらうこともできない。だから、リハビリを名目に転院することはありえるだろうな、と思っていた。だからこう言うしかない。

「分かりました。転院日はもう決まっているのですか?」と僕は言った。転院先の病院でも、たぶん同じような展開を辿るはずだけれど。

「まだ日にちは決まっていませんが、2週間以内には転院されると思います。その時には、その、付添いをお願いしていいですか?介護タクシーの手配はこちらで済ませておきますので」

「分かりました」と僕は言った。こう言うしかない。

在宅のケアマネージャーは相談、連絡、調整が主な仕事で、自分が直接的に介助に入るような場面は想定されていない。当然、ケアマネが直接介助したとしても、介護保険の報酬は出ない。それでも、ケアマネは病院の付き添いなどをしている。それが現実だ。ケアマネによって動機は違うと思う。義務感、正義感、ボランティア精神、中には宗教心という人もいるだろう。たぶん。

僕が前田さんのためにいろいろ動いたのは、好奇心のためだ。こんな手間がかかる面白い人、これからどう生きていくんだろう?それが見たかったのだ。たぶん。でも、好奇心だけでは契約に基づいた対人援助の関係は続かない。そう、好奇心だけでは、僕には前田さんの人生を見続ける、という資格は与えられなかったのだ。

つづく

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