趣味はドクター・ショッピング〜ふたたび、前田久夫さんのこと〜

デイサービスに通いはじめ、やっと生活が安定してきたなと思い始めた矢先のことだった。自宅のトイレで転倒し、前田さんはふくらはぎに怪我をした。そのことを教えてくれたのはデイの看護師だった。不思議だと思われるかもしれないが、僕はそれを聞いても驚かなかったし、特別な感情も持たなかった。こんなことを言うと、とても薄情な人間に思われてしまうかもしれない(確かにある部分では僕はとても薄情な人間である)。

でも前田さんを見ていると、遅かれ早かれ、何かが起こると感じていた。それはたぶん僕のこれまでの介護職(ケアマネ職)としての経験からくるものだった。
「彼には何かよくないことが起こる」。まるでギリシャ神話に出てくる、悲劇の予言しかできないあのカッサンドラ王女みたいだ。この仕事を続けていると、悪い予感ばかりが当たるようになるのだ。

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趣味はドクター・ショッピング

前田さんには趣味がいくつかあったが、僕の知る限りにおいて、健康の研究に関することがそのほとんどを占めていた。中でもドクターショッピングは彼にとって、非常に重要な趣味の一つと言えた。「重要な趣味」なんておかしな言い方だが、彼の場合はとても切実なものを含んでいた。だからこういう表現が適当だと思う。

僕が彼に趣味について聞いたとき、「私には趣味がないんです」と言った。確かに部屋を見回しても、趣味に関係するようなものは何もなかった。釣り竿もなければ、ゴルフのドライバーもなければカメラもなく、凝った調理道具なんてものもなかった。あるのは生活必需品だけだ。文房具、ハサミ、最低限の食器、湯呑み、封筒、書類ファイル、今では見かけなくなった昭和時代に売られていた冊子型の電話帳(でも中にはほとんど誰の連絡先も載っていなかった)。

でも医療、健康に関する本だけは豊富にあった。分厚い薬辞典、いろいろな病気について特集されたムック本。そしてキッチンのテーブルの上に散乱していた漢方薬。

「無趣味」という人にだって一つか二つくらいは必ず趣味がある。要は本人が趣味という言葉を付与するか、しないかという違いだけだ。そういった意味では、前田さんの趣味の一つは健康に関する研究、そして中でもドクターショッピングだったらしい。
彼の話を聞いていると、これまでに実にいろんな病院を渡り歩いていることがわかった。それも高齢になってからでなく、もっと若いときからそうだったらしい。

神戸中の病院を頻繁にコロコロ変えていて、それでも飽き足らず尼崎、芦屋といった周辺の市町村の病院にも足を向けていた。少しでも良い評判を聞けばその病院に受診する。そして何度か通う。そして何かしら文句をつけては通院するのをやめてしまう。病院の医師が提供してくれるものと、彼が求めていることの間には、いつもグランドキャニオン並の深く険しい渓谷が存在した。

彼は西洋医学をあまり信じていなくて、飲み薬と言えば漢方薬オンリーという人だった。それもまた主治医選びを難しくしていたと思う。僕が担当していた当時は、漢方薬を処方してくれる医者にかかっていた。でもそこは電車に乗っていかなくてはいけない少し遠い所にあり、じょじょに通院することが難しくなっていた頃だった。

「私の場合は、からだ全体を診てくれる医者じゃないとダメなんですよ」。何度目かの訪問のときに、彼は僕にそう言った。

彼が求めていたのは、医学部でも養成がやっと始まった総合診療医のことだ。彼はそこらへんの所も勉強していて、ちゃんと総合医のことを理解していた(もちろん医療の専門家までの理解度までは及ばなかったが)。それでも彼はときどき鋭いことを言った。ちゃんと話を聞こうとすれば、ちゃんと的を得た話をする人だったのだ。話の理論構成自体はしっかりしていた。

ただ、そこに行き着くまでの道のりがあまりにも遠すぎた。ほとんどたどり着けないんじゃないかというくらいの距離を通っていかなければ、そこに辿りつけない。寄り道が多すぎる。道草を食い過ぎる。東西南北といった方向までわからなくなる。昼間に北極星を探すような困難な作業を強いられることになる。だからほとんどの人は挫折することになる。

よっぽど人の話を聞くことに対して職業的に訓練された人間(つまり報酬をもらって話を聞く職業人か)、前田久夫という人間に興味を抱く人間か、どちらかでないと話に付き合えない。そして僕は後者だった。前田さんというとても面白い人に惹かれたのだ。

怪我をしたのに通院をやめてしまう人

そんなこんなでデイサービスを利用しはじめた彼は、けっこう安定した生活を送っていた。時期をみてもう少し在宅介護サービスを追加しないといけないことはわかっていた。しかし、まだ前田さんの側に準備ができていなかった。そのため注意深く彼を観察していた。彼はけっこう難しい利用者だったので、対応可能な訪問介護事業所にもあらかじめ当たりをつけておく必要があった。親切で、柔軟に対応してくれる訪問介護事業所がいくつかあったので、すでに打診はしておいたのだ。

そういった準備をしていた矢先のことだった。僕が自分のデスクで仕事をしていると、デイの看護師から声がかかった。

「いま、入浴のときに前田さんの体をみたのですが、右のふくらはぎに裂傷があるんです。自宅のトイレで転倒して怪我をしたと言っています。とりあえずガーゼと包帯で処置をしましたが、病院に受診したほうがいいと思います」。

僕はすぐに前田さんのところに言って話を聞いた。そして処置したばかりの怪我したふくらはぎを見せてもらった。少し出血していたが、傷自体は深くなかった。しかしやはり受診して治療について判断してもらわなければいけない。そのため、その日のデイが終わった後に外科に受診することにした。もちろん本人だけでは受診できないので、僕が付き添うことにした。本人だけで受診させたら、何を言うか、何を言われるか分かったものではない。

病院の医者によると、脚に浮腫があるため、裂傷部から体液が漏れ出て治るのに時間がかかるということだった。毎日ガーゼと包帯を交換しろということだったが、そんなこともちろん前田さん1人でできるわけがない。それなら毎日通院すれば処置をするということだったが、病院まで徒歩で通院するには距離があった。普通の高齢者なら難なく通える距離だったが、脚を怪我している前田さんには困難だった。

僕にはよい方法が思いつかなかった。しかし、前田さんは医者に毎日通院すると言ってのけた。初診のときは良い子ぶりするのが高齢者の特徴である。前田さんもその例にもれなかった。だからとりあえずその日はそれで終わり、その後自宅に送り届けた。

デイには傷が化膿していないかだけ見て欲しい、ガーゼ交換もデイ利用時にきちんとしてほしいと頼んだ。1週間ほどして前田さんに外科に通院しているか聞いてみたが、なんと医者が気にいらなくなり、数日前から通院していないという。
やれやれ。たぶんそうなるだろうとは思っていた。そして予想通り、傷は簡単には治らないようだった。浸出液が滲み出て、ガーゼが濡れているのが外からわかるほどだった。これはやばいんじゃないか?

在宅介護サービスで訪問看護を毎日入れるわけにもいかないし(単位が足りない)、僕が毎日通って処置をするわけにもいかない。本人が何とかして通院してくれればいいが、本人にはその気はない。デイ以外では入浴することはないので、とりあえずデイで入浴するとき、傷口が化膿していないか観察し、綺麗に処置をしてもらうことにした。縫うほどの裂傷でもないし、本人が医者にかかることを拒否しているので、僕としてもどうしようもない。他の病院に連れて行っても、きっとまた何かしら文句をつけて通院をやめてしまうだろうと思った。それが前田久夫という人間なのだ。

本人がやっとSOS。入院できる病院を探す

僕はふくらはぎの怪我が順調に治ってくれることを願っていた。しかし、高齢者の怪我はそんなに甘くはなかった。怪我が原因だと思うが、前田さんは日に日に弱っていった。怪我をした箇所にはガーゼをしているのだが、ガーゼの上に履いている靴下まで浸出液が漏れてぐっしょりと濡れてくるのだ。買い物などの外出もろくにできなくなっていた。本人は頑として病院にかかろうとしなかったのだが、何回か自宅に訪問して数時間かけて説得して病院に行ってもらう了解を得た。もうここまで体が弱っていると通院でなんとかなるレベルではないから、入院が必要だと僕は判断した。前田さんにもそう伝えた。口では病院に行きたくないと言っていたが、さすがに限界に来ていたのだろう。入院の話を出すと、すんなりOKしてくれた。

問題は確実に入院させてくれる病院にいくことだった。ふくらはぎの裂傷は治ってはいないが、通院すればなんとかなる程度の傷だと思われた。しかし、体自体が弱っているため、食事、水分補給など、全身的な管理が必要になっている。果たしてそんな病名がつくかわからない状態で確実に入院させてくれるか、かなり怪しい。昔のように簡単に入院させてくれる病院は少なくなっているからだ。

でも僕には心当たりのある病院があった。ケアマネという仕事を長年続けていると、地域に必ず入院させてくれる病院があることを知るようになる。せっかく受診したのに追い返されたのではたまらない。その病院なら、何か適当な病名をつけて確実に入院させてくれるはずだった。ちゃんとそういう病院があるのだ。僕が担当していた他の利用者もそこに入院していて、見舞いに行った時にベッドが空いていたのは確認済みだった。満床のため入院を断られることはまずない。でもまさか入院させて欲しいと連絡して受診するわけにはいかない。入院の必要性を判断するのはあくまで医者だからだ。しかし、いちおう病院の地域連携室の女性相談員に先に電話で連絡をとり、入院になったとしたらベッドは空いているかを聞いた。「空いている」と彼女は答えた。入院できるのは確定したようなものだった。

前田久夫、入院してから一度死にかける

前田さんももう限界だった。足は浮腫のためにパンパンに腫れていて、靴をはくのが難しいくらいだった。よくもまあここまで我慢できるものだ、と僕は感心してしまった。
押し車を使って歩くのがやっとの状態で、集合住宅の自分の部屋からエスカレーターまでの10m程度の距離を移動するのに10分以上かかった。僕は住宅の前にタクシーを待たせておいたのだが、介助しないとタクシーに乗れないくらい弱っていた。病院に着いたあとは病院の車椅子を使わせてもらった。

今の前田さんには病院という環境で体調を整える必要があると僕は感じた。この病院なら何か適当な病名をつけて入院させてくれるはずだ。その予想はあたって、すぐに入院が決まった。僕は別にその病院を卑下しているわけではない。急性期病院や亜急性期病院では前田さんのような状態の人を入院させてくれなかったかもしれない。

でもこのままの状態で在宅生活を続けていれば、全身状態がもっと悪化することは明確だった。今の段階で全身管理してくれる入院先が必要だった。とりあえず栄養管理と脱水予防。そして裂傷部分の毎日の看護処置。1日の生活サイクルにそった介助。時期を見ての歩行機能訓練など。介護保険を使った療養病床は数が少なくなって入りにくくなっているし、入所できるのは要介護からなので、前田さんは入所できない(前田さんはその時まだ要支援だった)。

病院ではそれほど積極的な治療をするわけではない。でもちゃんと3食のご飯がでて、脱水にならないように点滴をしてくれて、バイタルの異常があれば早期に見つけて対応してくれる。いわゆる療養型と呼ばれる病院だ。独居で要支援で、満足に介護保険サービスが利用できない前田さんにはそんな場所が必要だった。あのままほっといたら確実に救急車を呼ぶことになっていたはずだ。下手をしたら、急死していたかもしれない。僕は在宅で孤独死しているケースに何度か遭遇している。あんなことはごめんである。

入院当日に医師から説明を聞いた。ふくらはぎの裂傷の治療も必要だったが、心エコー検査をしたところ、心臓が弱っていることが分かった。具体的にどんな治療をするのか僕にはわからなかったが、心不全の治療もするとのことだった。僕はとりあえず入院の手続きをして、その日は事務所に戻った。ひとまず一安心というところだった。

でも入院したからといって、ADL(日常生活をする能力)が今より上がる保証はない。逆に安静看護のためにADLが落ちるかもしれない。また様子をみて介護認定の区分変更をする必要があった。たぶんすることになるだろうと僕は思った。
すると、どこの居宅介護支援事業所に頼むかが問題だった。有能なケアマネに頼まないと、前田さんに対応するのは難しい。なにせ本人は電話も持ってない。連絡を取るのが非常に面倒くさい。だから連携の問題を考えると、併設の居宅介護支援事業所のケアマネ(つまり僕の会社の同僚)に依頼するのがベストだと思われた。

併設居宅のケアマネは誰が担当してもはずれのない有能な人たちだった。前田さんみたいなクセの強い人相手でもちゃんと支援してしてくれるはずだ。そんなことを考えているうちに、あっという間に入院してから2週間がたった。入院するときに、病院の相談員に経過報告を頼んでおいたのだが、何の連絡もない。心配になった僕は病院に様子を見に行った。
そこで僕は予想もしなかったことを看護師に聞かされた。前田さんが一度死にかけたというのだ。

つづく

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