「99歳の入居者に暴行で介護職が逮捕」のニュースに関して

僕の個人的な感触だが、介護職による虐待には理由はどうあれ、止むに止まれぬ動機があったように思う。切羽詰まった感覚というか、隠したいけれど隠せなくなった意識というか。やりたくてこんな暴力を加えているわけではないのに、というような。

でも最近の虐待(というか暴行事件)や、虐待致死、そして明らかな殺人事件は少し前の介護職による「虐待」とは異質なものに感じる。暴力的なものが隠されることなく、前面に出てきたように思うのだ。

もちろん秘匿性はある。虐待はいけないことだと皆わかっている(はずだ)。でもその秘匿性という前提が確実に崩れてきている。その理由はいろいろある。中でも大きいのは、介護職に向かない人が介護の仕事をしていることがあると思う。

画像の説明

岐阜県関市の介護施設に入居する99歳の女性の顔や腹を殴ったり体を踏みつけたりしたとして、岐阜県警は、27歳の介護士の女を暴行の疑いで逮捕しました。
 逮捕されたのは、関市にある介護施設「リバーサイド悠悠」の介護士、武藤麻理容疑者(27)です。
 関警察署によりますと、武藤容疑者は今月24日午後11時ごろ、施設に入居する99歳の女性に対して、複数回にわたって顔や腹を殴ったり胸のあたりを踏みつけたりした暴行の疑いがもたれています。
 28日警察に、「介護施設で虐待がある」と匿名の通報があり、従業員への聞き込みや防犯カメラの映像から武藤容疑者を特定しました。
 調べに対し、武藤容疑者は「殴ったことは間違いないが、踏んだ覚えはない」と容疑を一部否認しているということです。
 被害者の女性の顔にはアザが残っていて、警察は今後、傷害容疑での立件も視野に捜査するとともに、動機や余罪について調べる方針です。

YAHOO!ニュース 「99歳に暴行 介護士の女を逮捕」 
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171229-00005329-cbcv-soci

介護の社会化とはなんだったのか

15年前に比べれば介護職は3,3倍に増えている。少子化社会でこんなに成長している産業は少ない。それでも要介護者の数に介護職の数が追いつかないのだから、介護職に適正のない人でも雇ってしまうし、簡単に辞めさせることもできないのだろう。

医療職に比べると介護職の給与はずいぶん安い。世間の評価はまだそんなものである。でも仕事の価値は劣らないと僕は思う。医療は人体に関わる仕事だが、介護は人生に関わる仕事だ。どちらも大事だが、人生の最晩年をどのように過ごせるかは、どんな介護を受けられるかにかかっている。

若死にするか、あるいは突然死するしか介護から逃れる術はない。冗談みたいだけれど、本当にそうなのだ。かつて「国は介護を社会化する」とやたら宣伝しまくったが、それは「介護のサービス化」を意味していた。つまり「これからは介護はサービスとして購入してくださいよ」、ということだ。それを社会化と呼んだ。

でも介護保険が始まって20年が経とうとした現在でも、「介護の社会化」なんてまだまだ進んでいない。「介護の町内化」さえ進んでいない。町内のそこかしこにいるべき要介護老人が、みなデイサービスに固められているからである。

制度を作ればつくるほど(いじればいじるほど)、社会化なんて進まないという矛盾が生じる。なぜならすでに介護というものは専門職から受けるものであり、サービス事業所から買うものになっているからだ。

国もある時期にそのことに気づいた。だから数年前から、「地域包括ケア」とか、最近では「共生型ケア」とか、普通の人には意味が全く分からない言葉を作り出し、実践もして試してきた。でも上手くいかない。それはやっぱり人よりも制度の方を重視しているからだと思う。

介護保険制度の内容云々よりも、継続可能性そのものについて論議される。どうすれば制度を維持できるか。あくまで「制度」が前にあって、「人」は後なのだ。介護を受けとるのも与えるのも「人」なのに。

制度よりもまず人を変える

一個の「人」である僕たちには「制度」を勝手に作ることも、変えることもできない。でも99歳の老人に暴行を加えるような「人」を作らせないのは、一個人に過ぎない僕たちにも可能なのではないか。というよりも、逆に虐待や暴行を防止するのは制度では不可能なのだ。

介護施設は社会に開かれる前に、まず町内に開かれるべきである。もちろんその前に家族に対して開かれている必要がある。例え要介護者が介護施設に入っていても、家族に介護する機会を与えるようにしよう。もちろん介護を嫌がる家族相手にそんなことをする必要はない。

この息子さんは父親のために何かしたいと思っている。この娘さんは毎週欠かさず面会に来る。このお孫さんは何か関わりを持ちたいと思っている。そんな家族を見つけたら、まずベッドから車椅子への移乗介助を一緒にしてみてほしい。そして家族だけでできるよう、介助のコツをしっかり伝えてほしい。そういう具体的な介護場面を通して、家族とコミュニケーションをとってほしい。

これまで施設介護では、介護職と要介護老人との2方向の関係しか重視されてこなかった。それはそれで良かった。でもこれからはその2方向に加え、家族との関係を取り入れる必要がある。そうして3方向の関係(トライアングルの形)を作るべきだ、というのが僕の持論だ。制度を変えられないのであれば、まず現場を作る人から変えるしかない。そのためには現場の人間だけの努力だけではもう限界だ。家族の力をうまく取り入れていかないと施設介護の質はこれ以上あがらない。

「そんなの理想論だよ」、と言われないような仕事をしたいと思っているのだけれど、道はなかなか険しいですね。

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