介護のプロでも身内の介護は難しい、という話

僕には要介護認定を受けた祖母がいる。父方の祖母で、85歳。要介護度は1。福岡で一人暮らしをしている。利用している介護サービスは訪問介護とデイサービス。物忘れが進行していて、認知症と診断されている。夜中に誰かが壁を叩いている、窓から人が入ってくる、時間に関係なく介護事業所や父親に電話をかける。まあまあのボケ具合である。
でも、まだ1人で外出し買い物や病院までは行けるし、家族の顔も忘れてはいない。でも僕の経験上、認知症の進行で独居が困難になるか、転倒して一気に介護度が進むかのどちらかで、ゆくゆくは介護施設に入居することになると思う。だから今のうちに良い施設を探しておこうと、父を説得して福岡まで行ったのだけれど、身内の介護ってなかなか思うようにいかないな、と思った話。

目次
・認知症=病気という風潮に物申す
・大阪ー福岡の遠距離介護
・有料老人ホームに聞いてみたこと5つ
・キーパーソンの父親がケアマネにお任せしたい病にかかっている
・生活保護でも成年後見人が利用できる

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認知症=病気という人間に物申す

僕の祖父母で存命なのはこの福岡の祖母一人だけである。祖父は数年前に亡くなった。祖父も晩年の数年間は要介護者で、介護サービスを利用していた。介護は祖母がしていた。今では祖母が要介護者である。認知症は中度よりの軽度レベル。中度よりの軽度レベル?とても介護の専門職の表現ではない。でもこないだは孫に早めのお年玉といってお金を大阪の父親のところに送ってきた。こういう気遣いができる人を僕は認知症の一言で断罪したくない。

認知症というのはまわりが困るから認知症なのである。物忘れが重度でも、まわりの人が「年取ればあんなふうになるわな」と捉えていれば認知症という病気にはならない。たしかに物忘れは海馬が正常に動いている成人を基準にすれば異常の範囲に入る。しかし、僕には4歳の子供がいるが、記憶力はかなりお粗末である。成人を基準にして考えれば異常の範囲である。昨日のことも細かいことは忘れている。判断力、決断力も成人よりも劣る。だからといって幼児の認知機能を病気とみるだろうか?

それは単に脳がまだ成長しきっていないからである。幼児〜小学生低学年の子どもたちの認知機能を異常とは捉えないのに、80歳〜90歳の高齢者の認知機能が成人と違うからといってそれを異常=病気と捉える現在の風潮は異常だと僕は思う。確かに手間がかかるようにはなり、保護が必要になる。でもそれは何度もいうようだが、幼い子供もまた同じではないか。

僕の祖母は確かに一人暮らしするのには他者からの支援を受けなければならない。でも年が85歳を過ぎた人間が、誰の手も借りずに、生きていくことのほうが異常だと僕は考える。物忘れも家族として生活の経緯をずっと見てきた僕にはボケるしてボケたように思えるから、不自然なこととは思えない(その経緯については機会があればまた別のところで)。

ボケてきた背景がわかっているし、自分の実の祖母だからとうぜん情が入る。簡単に「認知症の老人」なんて言うことができない。これが仕事として認知症のお年寄りに接する時の絶対的な差だ。利用者の生活歴を聞き取りはするが、一緒に過ごしてきたわけではないので、一定の距離感がそこには生まれる。だから客体として認知症の行動をみることができる。かなり激しい行動を起こされても冷静に対処できる。

でも家族だとそういうわけにはいかない、というのが今更ながらにして「実感」できた。まあ僕は離れて暮らしているし、孫という立場だから、まだましである。でも父親はそうはいかない。実の母親がじょじょに壊れていくことに付き合うのは精神的にかなりきついようだ。

大阪ー福岡の遠距離介護

父は頭では自分の母親が認知症だとわかっている。だが祖母はその場かぎりの会話はけっこうできるから、それがわざわいして認知症であることがはっきり分かりにくい。父はまだ自分の母親の認知症について認めたくない気持ちが強い。だから現状を正確に把握できていない。

また父は大阪、祖母は福岡で生活の細かなところまで把握できない。情報は担当のケアマネだよりである。ケアマネが祖母の認知症の様子を電話で伝えても(昼夜関係なく事業所に電話をかけてくる、通帳をすぐになくす)、父は半信半疑である。電話で話す分には少しおかしいところはあるが、対応できているのだから。まあそれは認知症の初期の人によくある取り繕い会話なのだけれど、父はそこまではわかっていない。というかボケ具合が進行していることを信じたくないのだろう。

僕も祖母と電話で話すことがある。孫という前提要素を抜いても、僕の目からすれば祖母は85歳という高齢者なりの普通のボケ具合であると思う。物忘れがない人を正常と呼ぶなら正常ではないが、年齢から考えれば異常でもなんでもない。
でも一人暮らしという環境が祖母のボケを正常なボケにしてくれないのだ。ここらへんが認知症の判断の難しいところである。一人暮らしという状況が物忘れのために危うくなれば、それは認知症のレッテルをはられるのだ。

はっきり分かっていることは、これから認知症が進むということだけである。そうなると一人暮らしは今以上に難しくなる。となると介護施設に入居するしかない。担当してもらっているケアマネのことを悪く言いたくはないが、「最後まで在宅で面倒みます」という意気込みを感じないケアマネである。だから祖母が事故か病気などで急死しないかぎり、介護施設に入所するのは既定路線であると思っている。問題は福岡までそうそう簡単にいくことができないことだ。隣町のデパートまで買い物に出かける、というレベルではない。

なにせ僕は京都、父親は大阪在住である。大阪から福岡までは600キロ以上ある。祖母の家までいくとなると、電車だと約6時間。車だと高速道路をかっと飛ばして約8時間かかる。

有料老人ホームに聞いてみたこと5つ

いつ介護施設に入居するかわからないし、そのときに施設を探すと行ったって遠方なのでかなり大変である。だからまだ在宅生活ができるうちに施設を探すことにした。担当ケアマネが所属している同じ法人に有料老人ホームがあり、そこなら生活保護者でも入居できるという低料金な施設である。祖母の収入はかなり低いし、要介護度も1なので特養はなかなか入所できない。そのためケアマネがすすめる介護付き有料老人ホームに見学に行ってみた。

僕はこの道についてはプロである。見学したこの老人ホームは僕の個人的な基準を基にすると、合格点はあげられなかった。具体的を一つ上げると、浴室にはリフト浴と機械浴しかなく、個浴がなかった。車椅子の人はすべてリフトか機械浴対応である。僕はいくつかの介護施設を見てきたけれど、個浴を導入しているところは本当に少ない。なぜなんだろうといつも不思議に思う。

しかし、祖母の住んでいるところは田舎で介護施設の数にも限りがある。年金で入居できるところはさらに選択肢が限られる。選択肢の幅が少ないのだ。これは入居してからが勝負だな、と僕は思った。

僕がその介護付き有料老人ホームに聞いてみたことは次の5つである。
1 1人で外出できる間は外出を制限しないか
2 ベッドでなく布団で対応できるか、私物の持ち込みは可能か
3 アリセプトや他の向精神薬はいっさい飲まないよう医師に協力を確約できるか
4 下剤は3日に一度という機械的な服薬をせず、他の方法で排便を促してくれるか
5 通院のときは施設職員が無料で対応してくれるか

上記5つの質問に対して、対応はしてくれると言ってくれた。正直、本当にこんなに対応してくれるか疑問もあるが、まあ対応できると言ったからには努力してもらう気でいる。なにせ個別対応というのが昨今のトレンドである。工夫すればできないはずはない。家族が要望を出さなければ、ケアの質は低きに流れる。それは僕が現場で働いてきて、嫌というほど経験してきたことだ。

キーパーソンの父親がケアマネにお任せしたい病にかかっている

僕としては仕事の経験上、介護の専門家という肩書をもっている人でも、頭から信用することは危険だとわかっている。また施設におまかせでは介護施設のためにもならない。家族が代弁者として、在宅であろうが施設であろうがケアの方向性をしっかり示してあげないと、現場はケア目標を具体的に設定できない。

在宅介護なら家族はどうしても関わる機会がある。なら介護施設に入居させればそんな雑事から解放されるかというとそうではない。親子としての責任とその関係の継続性は続いていて、終わりはないのだ。僕の父親も施設に入居させたからといって、介護者(息子)としての責任から逃れられるわけではない。そこらへんのところを世間の人は勘違いしているように思う。

入居してからの関わり方というものがあるのだが、それについては誰もモデルとなるものを提示してくれていない。ここに施設介護の質の向上が今以上にはかられない原因があると僕は考えている。これについては新しい介護の関わり方の形を提示しなければいけないのだが、僕にもまだその全容がわからない。少しずつ構築しているつもりだが、それが完成するのがいつになるかまだわからない。

僕も要介護の家族を抱えている介護家族である。しかも遠距離介護。僕自身は祖母の直接介護はしていないが、要介護者の家族であることに変わりない。昔、祖母は僕たち家族が困ったときに助けてくれた。その恩を僕は忘れていないし、何らかの形で返したい。せっかく介護の知識を持っているのに、それを活かしたいと思う。でもそこには意外な壁があった。

ここで僕が少し困っているのが父親の態度だ。父は介護関係の仕事などしたことのないいわば素人である。製薬会社の営業の経験があったり、僕の母親が看護師だったせいもあって医療的な知識は少しはあるのだが、介護についてはほとんど何も知らない。

父親は65歳を過ぎて仕事はしていない。退職したあとに体の調子にいろいろ調子の悪いところがでてきた(男性には典型的なケースだ)。体の調子が悪いし、自分の母親からは時間をとわず長電話がかかってくるし、正直介護にはあまり関わりたくないと思っている。だから介護の専門家であるケアマネに任せきりの部分があるし、見学にいった有料老人ホームへの入居にもあまり細かいことは確認しないで、おおまかには賛成している。

僕がキーパーソンなら、もっと担当ケアマネに要望を出すし、他の介護施設を探している。しかし、僕はあくまで祖母の孫であって、重要事項を決めるのは父親なのだ。この関係性は変えられない。最終決定権は父親にある。ここがもどかしいところである。父は介護のことについて深く考えたくはないのだ。

でも僕は入居する施設によって晩年が天と地ほど違うものになることを経験上知っている。もう少し父親に強い意思で判断をしてほしいのだが、期待することができない。これは僕のジレンマである。父は介護の専門家なら悪いことはしないだろうと漠然とした期待感を持っている。僕はそれは幻想だと父に説いているが、あまり聞く耳をもってくれない。

生活保護でも成年後見人が利用できる

祖母は年金収入が低いため、僕が働きかけて生活保護を受けさせた。生活保護を受けているくらいだから財産なんてない。しかし、生活保護をでも成年後見人を利用できることはご存知だろうか。
市町村が独自に助成金をだし、後見人を利用できるようになっている。またこの制度を始めていないところもあるが、祖母がいる市ではこの助成金が使える。これは後見制度にかかる申し立て、精神鑑定費、また後見人に払う報酬までも負担してくれる画期的な(おいしい)制度なのだ。祖母の居住している市ではこの制度が利用できる。

少しでも味方がいるほうがいい。また施設への入居申し込みも後見人がいてくれればその人に頼むことができるから、福岡くんだりまでいかなくて済む。金銭管理も後見人がやってくれる。たぶん後見人には社会福祉士がつくだろう。施設ケアマネだけでなく、後見人として違う立場で意見が聞けると思う。社会福祉士の後見人だからよく面会に行ってくれると期待を込めて。だから近々この後見人をつける手続きをしようかと思っている。

身内とはいえ、祖母とはずっと離れて暮らしてきた。だから少し関係が離れているので、わりと冷静に物事を判断することができる。だからボケの進行度合いもだいたい正確に理解できる。
しかし、これがもし自分の親が認知症になり、ボケたら、はたして僕は専門職として親の認知症を判断し、プロとして接することができるだろうか。自信はまったくない。親がしっかりしていたときの記憶、頼れる親だった時の記憶を子供は持っているからだ。これがやはり家族と他人の違いなんだろうな、と思う。

僕はいつも言っているけれど、僕の父親に介護が必要になったら、まず若くて美人なケアマネを見つけるつもりである。介護はできれば経験しなくてすめばそれでよい。でも介護がむこうからやってきたら、対応しなければいけない。そのときにパートナーとなってくれるケアマネージャーの存在は何ものにも代えがたいものになる。自分と相性のあった人を探す権利がこちらにはある。それほどケアマネは大事なのだ。まあ問題は若くて綺麗なケアマネがなかなかいないことなんですけどね。
ええっと、誤解のないように言っておくと、「綺麗」な人はたくさんいます。でも「若い」となるとなかなかいない、ということです。あれ?もっと墓穴掘ってる?

まあともあれ、どうか祖母の晩年がより良いものになりますように。できることは全てするつもりである。でもまずは父親をなんとかしなくちゃ。やれやれ、介護って本当に大変ですね。

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