CSLabの由来と、日本社会福祉士会に入会しない理由

いまの屋号は「社会福祉士事務所CSLab」。この名前に行き着くまでには少し変遷があった。今日はそれについて。

最初につけた屋号は「介護とソーシャルワーク研究所」。僕は三好春樹さんのファンで、彼の「生活とリハビリ研究所」にあやかったのだ。でもすぐに僕は気づいた。請求書や領収書にこの長い名前を書くと、いちいち面倒くさい。そこで介護(Care)とソーシャルワーク(Social work)の頭文字をつなげてCS、そして研究所を意味するLabをつけてCSLabにしたのだ。

画像の説明

でもこれだと字面だけでは何をする会社なのかまったくわからない。シーエス、ラボ。某化粧品会社と同じ読みになっているし、これだと困る。化粧品会社に電話したのに、介護保険証はありますか?なんて聞けたれたら災難だろう。余計なことを思い出してシワが余計増えるかもしれない。

そのため「社会福祉士事務所」を頭につけることにした。こうすれば介護関係者だけにでも最低限わかってもらえる。ああ、「後見人の受任する人ね」くらいは。でも一般の人には社会福祉士事務所と言われても、業務内容なんて想像できないだろう。なんとなく介護相談が受けられたり、病院のことに詳しかったり、生活保護の相談を受ける場所くらいに思われていたらまあ良いほうだ。

社会福祉士とケアマネの簡単な違いとは

まあ僕にしたところで、自分の専門分野以外のことなんてまったくわからない。成年後見制度の関係で弁護士、司法書士などとの関わりもあるのだが、彼らの業務の範囲やその内容についてなど、ほとんど何も知らない。司法書士と行政書士の違いについてもほとんどわからない。一般人に社会福祉士と介護支援専門員の違いがほとんどわからないのと同じだと思う。

社会福祉士、介護支援専門員(以下ケアマネ)は、両者とも根本的には介護に関わる相談員として同じような業務をしている。相談を受け、関係機関に働きかけ、実際に動いてもらい、また必要な関係機関をサービスの中心にいる当事者とその家族につなげていく。これが基本的な仕事だ。

しかし、実務を細かく見ていくと、両者では出来ることが違う。その違いが現実社会では大きな意味を持ってくる。例えば社会福祉士の資格のみだと居宅介護支援事業所のケアマネはできない。逆にケアマネの資格だけという人は、社会福祉士事務所を名乗ることはできない(正確には社会福祉士と名乗ることができない)。僕は両方の資格を持っているが、介護支援専門員のほうは理由があっていまは使えない状態にある。だからケアマネの仕事はできない。

社会福祉士会は排他的だった

専門職には、職能団体が存在する。社会福祉士にもとうぜん社会福祉士会がある。これは自分が住んでいる都道府県にある会と、それらの頂点にする日本社会福祉士会があり、両方に登録しなければならない。都道府県だけとか、日本社会福祉士会だけといった登録の仕方はできない。一連託生で、会費も両方の分がかかる。

僕は社会福祉士会の運営方法が自分の肌に合わないので入会しない。これからもすることはたぶんない。食わず嫌いで言っているわけではない。一時期は入会し、活動にも積極的に参加していた。

僕が社会福祉士会に所属していたときには、広報委員の仕事をしていた。広報誌を定期的に発行していたので、それを編集する作業である。僕はそういう作業が得意なので楽しくやっていた。しかし、会員の話を聞いていると、だいたいの会の雰囲気が分かる。

・会費を払っている会員にしか目が向いていないこと。
・会費を払っていない人にも何を還元するものを考える人がいない。
・会のなかでだけの動きを記事にし、それ以外の世界のことはまったく記事にしない
・会員の投稿記事しか載らない

こんな偏狭な考え方と運営を続けたら会の規模や活動内容そのものががやせ細ってしまうだろうと感じたのだけれど。僕は活動を続けていくうちに、どんどん居心地が悪くなってきた。誤解してほしくないのは、僕が批評しているのは、会そのものの在り方についてである。短い間だったが、そこで知り合いになった社会福祉士の方々はみな付きやすい人ばかりだった。悪い印象を持った人はいなかった。引っ越しを気に会を抜けたのだが、また社会福祉会に入りたい気持ちはまだ戻ってこない。

僕はもぐりの独立型社会福祉士である

ということで、僕は職能団体がお墨付きをつけた独立型の社会福祉士ではない。いわばもぐりである。ブラック・ジャックと同じだ。というのは冗談だが、似ているところはある。僕は資格こそ剥奪されていないが、学会からは嫌悪されている。学会に入らないあんなのはダメだよ、と裏で言われている。

僕の仕事は施設で介護を受けている利用者とその家族、及び介護職の三者が、よりよい介護を構築する手伝いをすることだ。僕が社会福祉士事務所という言葉を使おうと思ったのは、自分が介護にかかわるソーシャルワーカーだと表現するのにベストだったからだ。

でも「独立型社会福祉士」なんて言っていると、社会福祉士会の人から何か言われることになるかもしれない。この言い方は会独自のもの、という雰囲気があるからだ。
社会福祉士会の中では独立するためには長い研修時間をすべて修了したあとでなければ、お墨付きをくれないことになっている。このためには非常に手間もお金もかかる。若い社会福祉士は薄給の中からこんな研修費が出せるのだろうか?僕はいつもそう思っていた。

国家資格を持っていれば(もちろん自分の強みとする領域を持っておけば)、自由に独立してもよいはずだろう。誰からもおとがめをうける筋合いはない。僕はそう思っている。もちろんかわりに会は何の支援もしてくれない。ケツが小さいな、と思うのがこんときである。あまり大きな声ではいけないけれど。

京都と大阪でことなる後見人候補者の条件

社会福祉士会に関わっていないことで困ることが一つだけある。社会福祉士会には成年後見制度に関する研修があり、それを終えたものは会公認の「ぱあとなあ」というものに登録できる。社会福祉士が後見人を行う時は、ほとんどこの「ぱあとなあ」から選出されている。

このように、法定後見の申し立てをして、後見人の候補者が社会福祉士になっているときは、ぱあとなあがからんでいる場合が圧倒的に多い。これはもしやすると、ぱあとなあに登録していないと後見人にさせてもらえないんじゃだろうか?

「まずいな、こりゃ」と思って京都の家庭裁判所に聞いてみた。社会福祉士会に登録しておらず、ぱあとなあにも登録しておりません。こういった場合、専門職後見人で社会福祉士として候補者になったとして、選任されるものでしょうか?

京都家庭裁判所の回答は次のようなものだった。「現在はぱあとなあ登録者以外の方が後見人にされるケースはありません」。

がびーん。それじゃかなり業務内容が制限されてしまう。いや、でれもそれはおかしいじゃないかと思い直した。成年後見人になれないケースはいくつか決まっている。そこに、「職能団体に入会して専門の研修を受けたものでないとだめ」という文言はなかった。

そこで大阪府の家庭裁判所でも同じ内容の質問をした。「大阪ではそんなことはありません。候補者にはどなたでも書いてくださってかまいません。最終的に後見人を選定するのは家裁です。先日は弁理士のかたが後見人候補として申請されていました」
奈良県と兵庫県の過程裁判所におも問い合わせたが、大阪府の回答とだいたい同じった。近畿の中では京都が特殊だなのだろう。

組織の力は魅力的だけれど

今のところ、僕は京都では法定後見人にはなれないようだ。任意後見はまた別である。あれは双方の合意が得られていれば基本誰でも後見人になれる仕組みだから。

京都で法定後見人になるためには、京都の社会福祉士会に登録し、成年後見研修を受講すれば、ぱあとなあに登録できる。また、他の社会福祉士たちとの横のつながりもできてネットワークが築ける。仕事上の便宜をはかってもらう場面もあるだろう。
組織に入ればメリットだらけである。

だが、断る。

確かに組織が持っている力は魅力的だし、これからも無縁ではいられないと思う。ただせっかく会社組織から抜けだせたのに、また違う組織に組み込まれるのはごめんこうむりたい、というのが僕の本音である。

僕はもともと他人と話すのが好きじゃないし、グループ活動を行うことが苦手な人間だ。自分のペースで自分のやり方で物事を進めることを好む人間なのだ。長い社会人生活でもともとの自分の性格を押さえ込んできた(誰でも多かれ少なかれしているけれど)ので、これからは本当の自分に戻りたい。

とはいいながら、1年後にはどこかの施設の相談員をちゃっかりしてたりしててね。ま、先のことは誰にもわからない。

コメント


認証コード1676

コメントは管理者の承認後に表示されます。