幕間の道化師、あるいはハードコアとしてのAIケアプラン

またAIネタか、という感じである。僕はAIにケアプランを作らせるなんて世の中に用意されている害のない一つのジョークだと捉えていた。世の中にはちゃんとそういう種類の毒にも薬にもならないジョークが必要とされているのだ。たとえば会話のなかでふと沈黙が落ちたときに、間をもたせるためのつなぎみたいなものとして。あるいは幕間の道化師みたいなものとして。でもジョークでなく、本気(マジ)な人たちがちゃんといた。世界は時として僕が考えている以上にハードコアなのだ。

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ケアプランの作成を支援する人工知能(AI)の開発を進めている株式会社シーディーアイは6日、愛知県豊橋市で日本初となる実証プロジェクトを本格的に開始した。
AIが作ったケアプランをケアマネジャーが確認し、個々の状態などを踏まえて調整したうえで実際に提供していく。利用者の心身機能の維持・改善に結びついているか、ケアマネの業務にどんな変化を与えたかなどを調べていく方針だ。
愛知県豊橋市でケアプラン作成を支援する人工知能の利用を開始

ケアマネタイムス AIケアプランを利用者へ提供 実証が本格化 33人のケアマネが参加
http://www.care-mane.com/member/news/8806?btn_id=related&CID=&TCD=0&CP=1

ケアマネは意外とAIケアプランを否定していない?

この記事によせられたケアマネージャーのコメントを読んでいるとなかなかに面白い。現役のケアマネがいろいろとコメントを書いているのだけれど、意外に否定派が少なかった。というか、AIケアプランものの記事が出るたびに、否定派がだんだん少なくなっているという感じだ。AIがどこまでできるか不明なのを否定的にとらえていたのが、そうでなくなっており、中立派が増えているみたいである。でもまずは否定派の意見から。

一次判定のデータを入力って書いてあるけど、そもそもそのデータ が調査員によって探してあるという現実についての検証は?
AIがデイサービスが必要と言ってるのに、本人がいかない場合は どうするの?
本人がデイサービス行きたくないって言ってることを入力すれば、 また新しいプランたててくれるのかしら。でも、結局、プランたてることなんてケアマネの仕事のごく一部で 、もっと大変なことがたくさんあるからさ。ケアマネの仕事なめんなって、口が悪いけれども思います。

次に中立派の意見。AIそのものを否定するのではなく、何ができて何ができないかを見守っていこうとする意見が増えている気がする。

利用者情報をブラウザで…?
アセスメント力と後はどういった入力になるのか分かりませんが、 言葉に代えにくい情報や、その表現力とかどうなんでしょうか?
メリット、デメリットを結果からきちんと公表もお願いしたいです ね~

賛成派も増えてきている。下のコメントの人はかなり自虐的ながら、賛成派みたいだ。僕はAIケアプランについては中立派で、その中でもどちらかといえば否定派寄りである。しかし、コメントには共感する部分が多かった。

ケアプランの一つの答えを見せてくれるという期待をこめて私はAI作成プランは大歓迎です。ケアプランについて何が正しいのやら、更新研修や主ケアマネ研修、実施指導、その他もろもろ何一つ教えてくれませんでした。
アセスメント、課題分析、ニーズの捉え方、導き方、利用者やその家族の気持ち、希望、などなど結局その辺りを延々と語られるばかり、、、
AI作成プランが提示されることでお国からのプランの正解が見えると思います。
国民にどう生きてほしいか、どう死んでほしいかが、お国から提示されると思うとワクワクします。
(中略)
完成までには遠い道のりが必要と思いますので、走り続ける介護保険制度に伴走してきたケアマネ達が今までの経験を活かしつつ、不肖ながらフォローさせて頂きます
どうかケアマネが必要ない状態にまでAI作成プランがすくすくと成長していきますように・・

「国民にどう生きてほしいか、どう死んでほしいかが、お国から提示されると思うとワクワクします。」というところが自虐的でかなりよい。何かつらいことでもあったのだろう。

僕が受けたケアマネ研修でも、何が「自立支援」なのか、何が「ケアプランとしての正しい書き方」なのか誰も教えてくれなかった。「なに?それを教えるための研修だろう?そんなわけがない」と思われるかもしれないが、そんなことあるのである。「正しい書き方はあなた達自身でみつけなさい」というスタンスでもなく、ケアプランの目標を設定するための本質的な部分について、講師の誰もが確信をもった意見が言えないんだな、という印象を受けた。

心身機能が改善する可能性がある利用者なら、ケアプランの目標は明確に設定できる。そのためのサービス内容も計画できる。しかし、要介護5の人のケアプランの目標はどう考えるのか?ということになると、講師の誰もが明確な意見が言えなかった。というかうやむやにしていた。それはたぶんケアマネ研修で使われる「自立支援」という概念が心身機能の改善、その結果の要介護度の改善を指すからだろう。講師としては、「介護度が改善しなくても本人・家族が満足していればそれで良い」とは言えないのだ。そんなことを言うと、来年から講師のオファーが来なくなるはずだ。

だからいま以上に心身機能の改善が見込めない要介護5のお年寄りの、自立支援の目標が提示できないのだ。講師は要介護5の人にも自己実現がある、なんて言うけれど、マズローを引き合いにだすだけで、非常に抽象的な説明だけに留まり(そんなことは勉強済みである)、そこから脱却できる人はいなかった。

研修ではケアプランの上流に何があるのか誰も知らず(教えず)、下流に流れてきたものを集めては、ことさら意味あるもののように説明しているだけだった。その割に研修を企画運営している人間がえらそうにするものだから(これは法定研修です、なんて脅し文句をかけてくる)、僕は腹がたってケアマネの更新研修の最終日の途中で降りてしまった。内容がくだらなすぎて、我慢して聞いていることができなかったのだ。今のままではケアマネの仕事ができないので(まあ今のところやるつもりもないけれど)、再研修を受けるかどうかまだ迷っているところである。

AIケアプランはある部分では役にたつ

国の言う自立支援とは心身機能の改善(維持)である。これはもうはっきりしている。別に日本にかぎらず、これは世界基準だと思う。イタリア人はおしゃべりで、ドイツ人は寡黙で、日本人は優柔不断だ、というくらいの世界的常識である。

今までにも書いてきたが、国の自立支援=要介護度の改善・悪化防止である。利用者の個々の生活に視点をあわせ、「これをしたい」、「ああなりたい」という願いを叶える「自立支援」とは考え方が違う。この考え方は当たり前だと思う。誰かが国の予算の配分を考えなければいけないのだから。

そのために流行りのAIに手を出し、自立支援のためのケアプランを作ると言っても、こちらには責める道理はない。AIが使えるツールになりうる可能性があるのなら、チャレンジしてもいいと思う。今の医療にしたところで、すべて人の手で検査、診断を行えるわけではない。さまざまな検査機器・手術機器が開発されて、それをうまく使用することで高度な医療が提供できるようになった。AIも機械の一つとしてとらえればよい。それに、それを使ったとしてもケアマネジメントの中の限定的な一画を占めるに過ぎない。どうすればより効率的に心身機能の改善がはかれるプランになるか。この一側面でみるなら、AIケアプランは使えるのではないかと思う。

ケアプランがなくても介護保険サービスは利用できる

こんなことを書くと批判を受けるかもしれないが、在宅のケアプランなんか書類のための書類である。なぜなら、在宅介護サービスはケアマネが作成するケアプランなどなくても利用することができるからだ。介護サービスにかかるお金をいったん全額払う「償還払い」という方法をとることになるだけである。この償還払いの場合、

●介護保険居宅介護サービス費等支給申請書
●領収証
●サービス提供証明書

上の3つの書類を役所に提出すれば、あとでちゃんと保険分のお金(払った費用の9〜8割)が返ってくる。

「償還払い」の反対は「受領委任払い」である。ケアマネージャーにケアプランを立ててもらうと、支払うお金は保険負担割合分(1〜2割)のみでよい。ほとんどの人がこの方式を利用している。だから一般には介護サービスを利用する時には、ケアプランの作成が必要と思われている。でもケアプランを立てなければ、介護サービスが利用できないわけではない。原則的には費用の支払い方法が違うだけだ。

ペッパー君に不安を受け止められるのか

上でみたように、償還払い方式だと一度に支払うお金が高額になる。だからケアマネージャーにケアプランを作成してもらうのだろうか?まあその理屈もとうぜんあるだろうけれど、もっと別のところに意味があるはずだ。

介護が必要になった人をかかえる家族の不安感はとても強い。僕が老健の相談員をしていたときは、脳卒中をおこし、いきなり重度の介護が必要になった人の家族によく出会った。昨日まで普通に生活していた家族が、一夜で激変するわけである。「もう自分の力では歩けません。車椅子になります」、と医者に言われる。これからの生活の様相がまったく見えない。そんな強い不安を抱えた家族に向きあい、生活(介護)上の有益なアドバイスができるのは、我々のような訓練された人間だけである。ペッパー君にはとてもじゃないが荷が重すぎる。何もケアプランを作るだけがケアマネージャーの仕事の全てではない。

ケアプランなんてただの紙切れにすぎない

人間がケアプランを作成すると、その人間の介護観が出てくる。自立支援の考え方はもちろん、利用するサービスの種類・またどのサービス事業所を使うか、という組み方にも差がでる。すると、担当するケアマネによってケアサービスの量と質に差が出る。これは必然である。

同じサービス種でも、事業所によって個性や対応力が違う。デイサービスや訪問介護ではその差がより激しい。細かいところでは福祉用具事業所でも事業所が違えば、出て来る結果に差がでる。福祉用具なんて同じものをレンタルすれば差など出ないのでは?と思われるかもしれない。でもちゃんと差は出るのだ。このあたりをちゃんと説明するのは難しいのだけれど、つまり介護サービスには再現性がないということである。同じような毎日だとしても、本当に同じ日は1日としてない。介護も同様の性質をもっている。

人間はAIとは違い、迷う。でも迷うからこそ柔軟な対応ができる。確信を持てずケアプランを作ることもある。でも確信を持てないからこそ、間違いを早期に発見できる。僕が思うに、在宅のケアマネが作るケアプランなど、受領委任払いで介護保険を利用する上での根拠となるただの「紙きれ」である。それ以上でも以下でもない。

だってケアプランがなくても介護サービスは利用できるのだから。ケアプランを作らなければ、「この訪問介護のサービス回数はおかしい」なんてどこかの地域ケア会議で問い詰められることもない。

在宅のケアプランなんてサービス種とそれを利用する理由が簡単に示されていればよいと僕は考えている。あとは個別援助計画所で細かくケア内容を考えてくれれば良い。ケアマネもあの事業所ならこういうことをしてくれる、ここまでのケアが期待できる、と思って選定している。

ちょっと脱線するが、僕は在宅のケアマネがケアプランのサービス内容について細かく書くのはどうかと思う。細かく記述すると、その記述に縛られて個別援助計画書がケアマネのケアプランとまったく同じ内容になってしまうからだ。それなら別に個別援助計画書なんて必要ないだろう。利用者や家族も同じ内容の書類にいちいち署名することに意味が見いだせない。

ケアプランは「何を書くか」でなく、「誰が読むか」を考えて書くべき

僕は思うのだけれど、ケアプランに「何を書くか」ばかりがフォーカスされていて、「誰が読むか」について気にしている人がいないと思う。書かれた内容が読まれて、意図が理解されて、はじめてその書類に意味が生まれるのである。自分が苦労して作成したケアプランをサービス事業所の人に読んでもらいたいのか、家族に読んでもらいたいのか、それとも本人なのか?それによって内容も文体も変わってくる。

読んでもらいたい人(対象)はその時々の状況によっても変わるだろう。初回のケアプラン、内容がほとんど変わらない更新時のケアプラン、本人の状態が激変した時のケアプラン。そういった状況の判断をしたり、そのつど書き方を工夫したりといったことは、それこそAIにはできない芸当である。

AIが発達し、人と人の間の微妙な感情を読み取り、全体的な状況の中の関係を把握し、人間並みの判断が下せるようになった頃には、介護保険なんて無くなっているんじゃないか?と思うのだけれど、どうでしょう?

P.S.この文章を書いたあとに、ふとiPadのsiriにむかって「ケアプラン作れる?」と聞いてみた。「それは無理です」と言われた。なかなか素直で好感が持てた。

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