家族のための介護施設とのつき合いかた読本 まえがき

介護施設とのつき合い方について、家族向けの情報が必要だと思いました。僕の経験をふまえた話になりますが、これから週1回のペースで連載していきます。今日はそのまえがきです。

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介護現場の「内的な自助努力」が介護の質を上げてきた

これからの施設介護の中身(質)は家族の関わり方によって決まる。これが僕の持論です。これまでの施設ケアは介護現場の「内的な自助努力」とでもいうべき力によって向上してきました。ベッドに寝かせきりにしない、安易なオムツ使用の見直し、機械の浴槽ではない家庭的な浴槽を使った入浴、大規模なケア体制から小規模のケア体制へのシフト、一つの介護施設で訪問介護・通所介護・ショートステイを提供し、在宅介護(生活)を保障する。よりよい介護をしたいと願う介護現場の人間がこうしたものを作り上げ、介護現場の質の向上をはかってきました。

これまでに介護保険法にはいくつかの介護サービスが追加されています。上の例にあげた「一つの介護施設で訪問介護・通所介護・ショートステイを提供」する介護サービスは、「小規模多機能型居宅介護」と呼ばれています。これは宅老所と呼ばれるまったく同じ機能をもった現場の実践が原型になっています。目の前に困っている人がいるという、現場のやむにやまれぬ状況から生まれた実践が制度に格上げされたわけです。このようなケースは他にもたくさんあります。

これからも、そういった熱い想いを持つ介護職の実践が制度を作り、介護の質を底上げしていくと思います。しかし、現場の介護職だけに頼っていていいのだろうか、という思いが僕にはあります。また、これからはそれほど単純な話は通用しないかもしれないぞ、という不安もあります。介護業界に身を置く一人として、じょじょに介護保険制度の柔軟性が失われ、硬直化しているように感じるからです。現在の介護の現場をみてると、そして僕自身が経験してきたことを考えると、それほど楽観視できないのではないか、と。

介護現場にもいろいろある

ここで少し僕自身について語りたいと思います。この文章を書いているのがどんな人間かということを、少し説明しておく必要があると思うからです。僕は現在フリーの社会福祉士をしています。介護の現場における経験は12、3年といったところでしょうか。

ひとくちに介護の現場といってもさまざまな「現場」があります。まず対象が老人か、老人以外かというところから始まります。老人以外というと、これは障害者ということになりますが、僕は障害者の介護現場には関心をひかれませんでした。障害者の施設には大学生のときに実習で行ったことがあります。短い実習期間でしたが、それでも自分にはなにかそぐわないな、と感じました。介護の基本は同じはずなのに、なぜそう感じたのか、その理由を説明するのはけっこう難しいものでした。「ただなんとなく自分には合わない」、としか言えなかったからです。

なぜだろうとずっと考えていましたが、なかなか理由がわかりませんでした。でも最近になって、障害者のもつ「若さ」がその原因だったのではないかと思うようになりました。若さが持つなまなましさが大学生のときの自分と地続きで繋がっていて、相手の世界と自分の世界をうまく隔離できなかったわけです。介護とは食事、排泄、入浴という人間の生活の根源的な部分に関わります。そういった部分はふだんは他人には見せない、触らせないものです。僕としては若い障害者(といってもほとんどの人が年上でしたが)のプライバシーにわけいることに抵抗感をもったのではないかと思います。

その点、高齢者は若い自分とは遠く離れた存在でした。老人介護の勉強をしながら、どこか自分とは違う世界のこと、という感覚がありました。自分と切り離して考えることができるので、直接介護にあたってもとくになまなましさという感じは抱かなかったのだと思います。

さて、そんな老人介護の現場にもいろいろあります。身近なところでいうと、訪問介護やデイサービス、グループホームがありますし、またおなじみの特別養護老人ホームがあります。聞きなれないところだと、小規模多機能型居宅介護とか地域包括支援センターというところもあります。いろいろな現場があるのですが、これらは大きく2つにわけることができます。施設介護と在宅介護です。僕はまず施設介護を経験してから在宅介護の現場に入りました。

さらに介護の現場には介護職、相談員、ケアマネージャー、社会福祉士などの異なった職種の人々が働いています。一つの職種で介護が完結するわけはないので、みな連携しながら動いています。介護職とケアマネージャーを兼業している人もいますが、みなそれぞれに自分の仕事の領域がだいたい決まっています。

そして多くの人はキャリアを積んでいくうちに自分の仕事の領域はこれだ、と感じるようになっていきます。職場と職種が決まるキャリアの最終的な到達地点です。例えば訪問介護の現場が好きな人は、たとえ職場を辞めても他のところで訪問介護員を続けます。デイサービスが好きな人も同様です。施設の介護職が自分に合っているなと思う人は施設の介護職を続けます。ケアマネがよいという人はケアマネを続けるという具合です。もちろん中には組織の中で出世して施設長などの管理職になる人もいます。そうした人はたとえ職場を移っても管理職として働くでしょう。

在宅よりも施設介護が魅力的に感じられる理由

僕は23歳から34歳までの間にいろいろな職場に勤め、さまざまな職種を経験してきました。最初は老人保健施設の相談員、次は単独型ショートステイ施設の介護職、地域包括支援センターの社会福祉士を経て、特別養護老人ホームの介護職、そして最終的に在宅のケアマネージャーになりました。

腰を落ち着けることなく、あっちこっちをふらふらしていますが、これは確信犯的に転職を繰り返した結果です。20代の間はとにかくいろいろな職場、職種を経験してみようと最初から決めていました。

キャリアを振り返ってみると純粋な施設職員だったのは通算3年ちょっとしかありません。他は在宅のケアマネージャーだったり、在宅介護サービスの介護職ということになります。それにも関わらず、僕の頭のなかにはずっと施設ケアのことがありました。在宅介護の現場も経験しておきたいという思いを抱きながら、僕の本来のフィールドは施設ケアだとずっと思ってやっていたわけです。

なぜ施設ケアなのか、これも簡単に説明することができない質問です。ごく簡単に言ってしまうと、在宅介護の現場は僕にとって物足りない、ということになります。施設は入居者の生活を24時間支えます。いわば1人の人間の生活を丸抱えしているわけです。これが在宅介護サービスとの根本的な違いです。在宅介護サービスは生活時間の一部を支えます。訪問介護なら一日の内の1時間だったり、デイサービスなら朝の9時から夕方の4時くらいまでといったようにです。

また代替性のレベルも違います。在宅介護サービスは事業所を変更することが容易です。人口の少ない地域だと簡単にいかないかもしれませんが、都市部であれば事業所の数が多いですから、利用者がいま利用している事業所が嫌だといえば、ケアマネージャーがすぐに他のところを見つけてくれます。

しかし、入所施設の場合はそう簡単にはいきません。介護施設に入所するということは在宅介護が困難だということです。在宅生活が困難だと判断し、入所を決意し、じっさいに申し込みを行い、すったもんだの末にやっと入所するわけです。初めから退所することが分かっている老人保健施設なら別かもしれませんが、一度入所したらできるだけその施設で長く落ち着いて生活してもらいたいと家族は考えます。

入所した本人はできれば自分の家で暮らし続けたいと思っていますが、いろいろな事情をかんがみるとここ(施設)で生活するのもしょうがないなと、最終的にはあきらめるのです。そんなさまざまな苦労の壁を乗り越えて施設で暮らしています。施設を変わるとなると、またそういった苦労を一からはじめなくてはいけません。家族にとっても本人にとっても大きな負担です。そう考えると、介護施設は入所者とその家族に対する重たい責任を持っています。介護保険施設(特養、老健)の経営がいまだに営利法人に認められていないのは、そういった理由があります。簡単に代替できない分、入所者との関係が密になります。こういった特徴が僕にとっては魅力に感じられるのです。

家族の視点に立った介護施設とのつき合いかた

現在は介護施設の入居相談や、施設ケアのセカンドオピニオン、主に施設入所されている方を対象にした後見業務などを仕事にしています。一周りして施設ケアに立ち戻ったという感じです。さらに言えば、僕はこれからの施設ケアを良くしていく力は家族にあると考えています。そのための具体的なアプローチとして、家族が介護施設についての理解を深め、ケアプランについても積極的に関わっていくしかない、とも考えています。

正直に行って、介護現場においてさえケアプラン(広義のケアマネジメント)はうまく機能していません。ケアプランなんて見たこともないという介護職が介護を行っていることも多いのが現状です。それはケアマネージャーなどのケアプラン担当者としての技能不足というよりは(それもあるでしょうが)、ケアプランなど特に必要としない施設介護の現状に問題があるように思えます。

そしてそういった現状を作っている要因には、家族も含まれていると僕は考えています。介護施設にはなかなか意見がいえない、言いにくいという心情はたいへんよくわかります。在宅介護の場面とは違って施設ではどのような介護がされているのか見えにくいですし、良い介護と悪い介護の基準を普通の方は持っていません。そういった事情が「介護施設には介護のプロがいるのだし、任せておけば大丈夫だ」、「いったん入所させたのだから、意見は言うものじゃない」という心理に変わり、よけいに意見が出せなくなります。

しかし、最近、施設の介護職員による虐待事件が頻繁に報道されるようになってきました。僕は報道されていない虐待が実はもっとたくさんあると思います。そう考えると、残念なことですが、もう「介護施設に入所させたから」、「プロの介護を受けられるから」安心できるわけではありません。まずそのあたりの認識を家族の方にはもってもらいたいと思います。また虐待までいかなくとも、不適切な介護を受けながら毎日を過ごしている老人がたくさんいる、これが僕が見てきた施設介護の現実です。

僕は施設介護に魅力を感じ続けて来ましたし、やはりそこが自分の属するフィールドだと思っています。ベタな言い方かもしれませんが、介護施設には凝縮された人間ドラマがあります。それに深く関われることは、介護職をしていて本当によかったと思える部分です。介護職はけっして身体介護さえ行っていればいい機械的存在ではありません。人(介護職)として人(要介護者)に関わりたいと思っています。そこに本当の介護職としての楽しさがあります。そういった真の関係を築くことができないから、職場を去る介護職が多いのでしょう。

介護現場の内的な自助努力ではもう限界にきていると僕は考えています。もちろんよい介護を提供している信頼できる施設もあります。しかし、そんな施設であっても、外からの力、言い換えるなら家族の力を必要としています。なぜなら施設(他人)にはどうしても超えられない壁があるからです。介護職と家族がより良い関係、より良い介護、そして納得できる最期の場面をともに作れるように、家族の視点にたった読本が必要だと思いました。

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