不適切な介護と虐待の境界を誰が判断するのか?

僕は単独型のショートステイで介護職として働いていたことがある。ショートステイ(短期入所生活介護)は在宅介護をしている介護者のレスパイト(介護疲れの軽減)や、どうしても家を空けないといけないときに一時的に利用するものである。一回あたりの利用日数は数日間程度。毎週末に2泊3日利用するとか、用事があるので1泊2日だけ利用する、といった感じでケアプランに組み込まれる。

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ショートは介護難民の一時避難場所

僕がいたところでは定員は20人。その半分は長期のショートステイ利用者だった。長期の短期入所である。日本語がおかしいが、こう表現するしかない。在宅生活も続けられないけれど、施設にもすぐに入所できない人たちである。

数ヶ月のあいだ一度も自宅に帰らない(帰れない)お年寄りがたくさんいた。彼らは介護難民とでもいう存在だった。ショートステイは本来の使い方から遠く離れ、彼らの一時避難場所として機能していた。

僕がそこで働きはじめて2年目に、印藤さんという要介護5の大柄な男性利用者が入ってきた。彼は脳卒中後遺症で右半身に不全麻痺があり、加えて運動失調があった。運動失調とは神経の協調がうまくいかないため、目的とする運動を円滑にできなくなる状態のことである。

また認知機能も低下していた。意思の疎通は可能だったが、会話の内容は限定的だった。若い時の彼のことは知らないが、とても穏やかな目をした人だった。

グループホームを追い出された人

彼はグループホームに入居していたが、「介護が大変になった」という理由で追い出され、僕たちの施設に入ってきた。彼にはもう帰る家はなかった。息子が1人いたがオーストラリアにいて連絡さえままならない。

そのため雑務は実の弟が行っていた。しかし弟も高齢である。自分の兄のこととはいえ、介護事業者からの連絡対応、通院の付き添い、その他雑多な仕事は負担だったのだろう。弟さんはそういう役割から解放されたがっていた。

印藤さんについてはここに書いたので詳述しないが、彼は特別養護老人ホームに一度入り、2週間後にまた僕たちのショートステイに戻ってきた人である。戻ってきた理由は僕も詳しくは知らない。「通院には家族がついていくこと」という入所した特養側のルールを弟さんが聞いていなかったのが理由、としか聞いていない。でも今から考えれば、それだけではなかったと思う。

家族以外の面会お断り

2週間ぶりの印藤さんを見て、僕は驚愕した。頬がげっそりとして、関節はふしくれだっている。靴さえもスカスカに履けてしまう。明らかに体重が減っていた。2週間前までは車椅子からトイレまでの乗り移りができたのに、今は立つことさえできない。日中は紙パンツ着用だったのに、今は紙オムツをしている。唇は乾いていて、肌の血色が失われている。穏やかな目だけが変わっていなかった。

印藤さんは僕たちのところに戻って数日後に熱がでて、病院に入院した。そしてそのまま老人保健施設に入所してしまった。そのとき彼に成年後見人がついていることを知った。老健はその成年後見人が見つけてきた施設だった。

印藤さんが入所したあと、僕はその老健に面会に行ってみた。だが受付で家族以外の面会は認められないと言われ、施設に入ることさえできなかった。僕はそれっきり、彼に会うことは二度となかった。

虐待に近い不適切なケア

NPO法人地域ケア政策ネットワークというところが、厚生労働省から委託を受けて実施した介護現場に関する調査の結果を、公式サイトに掲載している。

虐待については厚生労働省でデータをとっているが、不適切ケアについてはきちんと調査されていない。今回の調査では、介護職員による不適切行為(虐待に近いグレーゾーン行為)を、33.1%の調査員が目撃したと報告された。施設では介護保険3施設が一番比率が高かった。

施設ごとにグレーゾーン行為の「あった」比率をみると、「老健」で 49.4%と半数近くを占め、「療養病床」も 45.5%に達する。さらに、「特養」が 38.9%で続き、3 施設での発見率が高い。以下、「小規模多機能」が 34.8%、「グループホーム」が 30.2%、「ショート ステイ」が 30.0%などの順となっている。

身体拘束及び高齢者虐待の未然防止に向けた介護相談員の活用に関する調査研究事業報告書(PDF)
http://kaigosodan.com/web/wp-content/uploads/2017/04/3178381c5e8a416f86389cb92a65da74.pdf

どんな行為が不適切とされているのだろうか。具体的には以下のようなものがあった。

・立ち上がろうとすると椅子などにつけているセンサーが鳴り、職員が走って来て座るよう促す
・他の部屋に勝手に入る入所者がいるため、居室の外側のドアノブが取り外されていた
・利用者のフロアのドアが施錠されており、職員しか開閉できないようになっていた
・車椅子のタイヤの空気を抜いて進みにくくしている
・ナースコールの設備が無く、ベッドから落ちた利用者が朝まで床に転がっていた
・水分をなかなかとらない利用者に、「これ飲まなかったら次の食事あげんよ」と言う
・「おしっこが出た」との訴えがあっても「時間じゃないから…」とおむつを交換しない
・「おむつをしているのだからそこにして下さい」と言う

「車椅子の空気を抜いて進みにくくしている」、というのは初めて聞いた。まるで『巨人の星』の世界である。他はまあよく見るケースだ。こういうことをしている施設は多い。僕が働いたことのある施設でもあった。

介護者と要介護者は対等ではない

介護の学校では「介護者と要介護者は対等な関係でなければいけない」と習う。裏を返せば対等な関係にはなりえないからである。とくに施設介護の現場は外界と隔絶されたロストワールドだ。要介護者の処遇など介護者の胸三寸でなんとでもできる、という世界なのだ。

調査の結果をまとめた報告書には、「介護現場では介護者は絶対的な強者。被介護者の前で介護者は対等ではありえず、その存在だけで強者になることを認識しなければならない」と書かれている。

のどが渇いても数センチ先のコップに手を伸ばすことができない人にとって、介護者は自分の生命を左右する存在である。また介助のとき優しく声かけをしてくれて、気持ちよく水を飲ませてくれるか、仏頂面をして面倒くさそうに飲まされるかによって、要介護者の世界は180度変わる。まさに要介護者にとって介護者は世界そのものなのだ。

虐待疑惑で家族が特養を提訴

介護施設で職員による虐待(というか最近のは暴行)が何か珍しいものでなくなってきた。今年の6月のことだが、家族が介護施設を相手取って裁判を起こしたニュースがあった。

神奈川県三浦市内の社会福祉法人「啓生会」(井上洋明理事長)が運営する「特別養護老人ホーム はまゆう」(井上政江施設長、同市三崎町諸磯1411-1)において昨年末、認知症を患う男性元入所者(85)が肋骨や尾骨の骨折や顔のあざなどを負って虐待疑惑が浮上した件をうけて、利用者男性側は6月20日、成年後見人である次女(52)の支援を得て、はまゆうホーム内の虐待により男性がけがを負った疑いがあるとして、容疑者不詳のまま刑事告訴するとともに、「啓生会」および介護担当の男性介護福祉士を相手取って慰謝料など計約1,680万円の損害賠償を求める民事訴訟を横浜地地方裁判所横須賀支部に提訴した。

ケアマネタイムス 【虐待疑惑】神奈川・三浦市「はまゆう」元利用者が提訴
http://www.care-mane.com/member/news/8448.html?CID=&TCD=0&CP=1

男性は入所1ヶ月後に原因不明の怪我をおった。家族が施設に面会にいくと、施設側が「男性の状態が悪い」との理由で会うことを拒否されたという。ちょっとありえない。この施設の管理者は特養を刑務所と勘違いしているのではないか?家族なら状態の良し悪しに関係なく会えるはずだ(施設が面会を断れるのは、家族による虐待がある時くらいだ)。

ましてや状態が悪いときこそ、面会の機会をもうけ、今後のことについてきちんと話し合うべきだろう。普通はのちのちトラブルになることを避けるため、状態が悪くなれば家族に連絡し、会いにきてもらうはずだ。

介護記録の改竄は簡単

この施設は家族にさらなる不信感をいだかせることに「成功」している。

はまゆうホームは家族側に当初、12月28日午前6時20分の訪室点検で初めて右目のあざを発見したと説明。そのときの経過観察記録やケア記録・夜勤日誌には「ベッドに伏している」とあるだけで、転落などの記録などはなかった。しかし、家族側が後日あらためて入手した28日の手書きの経過観察記録やケア日誌には「昨夜(27日)の転倒」「頭部痛打」などの記述がみつかり、家族側は「事後に記録が改竄された疑いが高い」とする。

手書きの場合は紙にボールペンで書く。書き間違えをした場合は二重線で消すことになっている。修正テープなどは使わない。これは記録の透明性を確保するためである。今回のようなことがあったときに介護記録は重要な証拠になる。何を見たのか、何を聞いたのか、要介護者は何をしていて、それに対して介護職員は何をして、何をしなかったのか。

僕も夜勤時の記録を書き忘れて、あとで書き足したことは何度かある。でも転落や頭部を打ったという重大な出来事を忘れるなんてふつうあり得ないし、そういう場合は残業しても記録だけはきっちり書き残していくものだ。僕なら転倒後にはバイタルをみて痛みの状況を確認し、どう判断してその後どう対応したかまで経過観察記録に記述する。

日々の記録は業務の振り返りのためというより、今回のような裁判沙汰になったときに非常に重要な意味を持ってくる。しかし、記録は紙を差し替えたりすれば、あとでまずいところをいくらでも修正(改竄)することができる。今はパソコンで経過記録を書いているところも多いと思う。もちろんパソコンなら上書きできるのでもっと簡単である。

虐待かどうかはけっきょくわからない

男性元入所者には認知症があって、怪我の経緯を確認することが難しく、けっきょく本当に虐待(暴行)を受けたのかどうかがわからない。だから家族は仮に虐待がなかったとしても、怪我をさせないよう注意する義務があるのに、それを怠った債務不履行を焦点に戦うとしている。

ニュース記事の書き方をみるとかなり疑わしいケースだと思うが、これだけの情報では本当に虐待があったのかどうかは判断できない。

しかし、記録のことにしろ面会を断ったことにしろ、この特養のやり方はかなりおかしい。家族もわざわざ裁判など起こしたくなかったはずである。手間も時間もとられる。でも起こった出来事と、その後の施設側の対応があまりにもひどすぎたのだろう。家族と施設側でどんなやり取りがあったかは容易に想像できる。「介護施設の常識は世間の非常識」という言葉があるが、この施設はそれを地でいったわけだ。

介護者は世界そのもの

印藤さんは老健に入った後どのようにすごしたのだろう?あの成年後見人は施設のケアについてちゃんと印藤さんの立場に立って意見してくれただろうか?

当時は老人ホームの紹介業や後見人業務のことなんか考えたこともなかったけれど、今の僕は印藤さんから多分に影響を受けていると思う。

要介護者にとって介護者は自分にとっての世界そのものだ。僕はもう介護職ではないけれど、要介護者にとってより良い世界を提供できる一つの力にはなりたいと考えている。

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