介護職の腰痛とノーリフト・ポリシーについて

今日は腰痛の話し。僕は特養で介護職として働いていたが、腰痛をおこしたことはない。僕の場合は腰よりも膝が問題だった。大学生までバスケットボールをしていたから膝が悪く、そのため業務が忙しいと膝に水がたまることがあった。

でも腰痛とは無縁だった。介護現場で日常茶飯に行う業務といえば移乗介助である。食事介助は一日3回、排泄介助は2〜3時間おき、入浴介助は2日おきだが、移乗介助はいちいち回数なんか数えていられないほど、一日に何度も行う。腰痛の原因はこの移乗介助だと言われている。でも本当にそうだろうか。

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腰痛=介護職の職業病?

人力による移乗介助が介護職の腰痛の原因。まあたしかに間違ってはいない。しかし正確でもない。現に僕は腰痛を感じたことはほとんどない。「それはあなたが体格のよい男性で力があるからでしょう」と言われそうだが、それは違う。僕は身長が183センチもあってたしかに力はあるほうだと思うが、身長が高い分、腰を曲げてかがむ動作が多くなる。これは腰によくない。

腰痛は介護職の職業病だと言われている。介護は肉体労働である。介護施設では8時間の労働時間のうち座っている時間は記録を書いているか食事介助している時間くらいで、それ以外は歩き回っている。ベッドから車椅子に移す移乗介助などは一日に数十回もする。しかも相手は人間である。移すといってもセメント袋をあつかうようにはいかない。

要介護老人は筋肉は落ち、骨ももろくなっているから落とせば怪我をするし、怪我をすれば痛い。痛いだけですめばいいが、入院治療にでもなったら大変である。本人の負担も大変だし、家族の負担も増す。施設も入院中は利用料がとれない。職員は自責の念でへこむ。ひどい場合にはショックのあまり職場を辞めることもある。

人力の移乗介助にはさまざまな問題があるとして、「ノーリフト・ポリシー」をもとにした取り組みが少しずつ広がっている。

長野県東御市の社会福祉法人みまき福祉会(倉澤隆平理事長)の特別養護老人ホーム「ケアポートみまき」は、2011年にノーリフトポリシー(NLP)委員会を設置し、腰痛予防に取り組んだ。職員主体の取り組みは5年で施設全体に浸透。介護職員36人中24人いた腰痛ベルト着用者が2人に減るなど大きな成果を上げている。

福祉新聞 職員主体で腰痛予防 ベルト着用24人が2人に
https://www.fukushishimbun.co.jp/topics/12914

持ち上げない介護とは?

介護職なら「持ち上げない介護」とか、「抱えない介護」、「ノーリフト」という言葉を聞いたことがあると思う。これは、オーストラリア看護連盟が看護師の腰痛予防対策として1998年にスタートさせたところに端を発する「ノーリフト・ポリシー」がもとになっている。危険や苦痛を伴う人力のみでの移乗を禁止し、患者の自立度を考慮しながら福祉用具を使って移乗介護をすることを義務づけたものだ。

日本でノーリフト・ポリシーの研修を行っているのは、オーストラリアで「ノーリフトの理念」を学んできた保田淳子氏が理事をしている日本ノーリフト協会がある。

人力で介護するから腰痛になるのではない

人にはそれぞれ体質の違いがある。だから腰痛になりやすい体質の人もいると思う。そういう人は前提として介護などの肉体労働はさけるべきだと思う。でもまあそう言ってられない事情もあるだろう。

僕自身は介護の仕事をしていて腰痛を感じたことはほとんどない。入浴介助のときに全介助の利用者ばかりが連続してきたときくらいである。その時はさすがに腰にだるい痛みを感じたけれど、毎日そんな業務が続くわけでもないし、その後の影響もとくになかった。

全介助が必要な人、また体重がかなり重い人についてはリフトなどの介護機器を使うべきだと思う。それは介護する側、される側の負担をもっとも少なくする方法だと思うからだ。

しかし、介護施設に入居している人全員が寝たきりの重い介護が必要な人達ばかりではない。移乗に全介助が必要な人の割合は(施設の種類によって異なるが)、5〜10%程度だと思う。相対的にみれば多くはない。残りは一部介助の人々だ。

一部介助と言ってもほとんど手をかさなくてもよい場合から全介助に近い一部介助まで幅がある。それでも僕はあえて、腰に負担がかかるような介護職は移乗の介護技術が未熟なのではないかと言いたい。

リフトなどの介護機器を使うと、決まった動きしかできない。老人の体格、障害程度、体のクセ、今日の意欲などといった細かい要因は無視するしかない。そういった微妙な要因をしっかりふまえてベストな介助を行うには人力しかないし、そういった介護ができているなら簡単に腰痛になったりはしない。

リフトが入らない狭い場所の介助ではロボットスーツを活用

リフトは重たい人を移乗するには便利だが、どうしても一定の広さが必要になる。トイレや周りに他の利用者がいるような場合には使えないことがネックである。そこで持ち上げない介護を推進しつつも、あえてロボットスーツ「HAL」を導入した施設がある。HALは装着に時間がかかるので介護現場ではほとんど使えないと思っていたが、ちゃんと導入している介護施設もあるようだ。

全職員が参加する勉強会を開き、使用場面をいすへの移乗と排せつケアに限定したことなどで職員の意識も変化。装着すると、腰部の負担が軽減することから、徐々に使われるようになった。
現在、6台のHALを導入しているが、そのうち1台を使うガレリア・ソルでは、いすへの移乗と排せつが多い時間帯に勤務する職員が2時間ずつ装着。リフトや移乗ボード、2人介護も併用して移乗ケアをしている。

福祉新聞 移乗にロボットスーツ活用する特養ホーム あえて導入した理由とは
https://www.fukushishimbun.co.jp/topics/16558

下手な移乗介助より上手いリフト移乗のほうがいい

変に聞こえるかもしれないが、僕は介護の仕事の中でも移乗介助が好きである。理由は面白いから。老人の残存機能をひきだし、お互いに最も負担の少ない方法でピタッと移乗が決まったときはとても気持ちいい。介護職人としての腕があがった手応えがはっきり感じられる。だからおもしろいのだろう。もちろんこれは介護を職業としている者の意見だ。介護を義務として行わければならない家族にはあてはまらない。

リフトやスライディングボードなどの機器がダメと言うつもりはない。スライディングボードは老人によっては自力移乗が可能になるし、介護者側にとっても負担を少なくすることができる。便利だ。でもスライディングボードを使うにしてもリフトを使うにしても、はたまたロボットスーツを使うにしても、人間の生理的な動き(自然な動き)の知識、その動きを引き出す技術を身につけることが先である。

それができていない移乗介助はとても危険だ。介護職は腰を痛めるし、老人の方は怪我をさせられるかもしれない。怪我までいかなくても自立支援とは程遠いものになる。脳卒中の人に多い拘縮(筋肉が固くなって関節が固まること)は下手な移乗介助を受けた時に感じる恐怖が原因とも言われている。びっくりしたり恐怖を感じた時に人は筋肉を固くして身構えるからだ。

移乗は一日に何回も行われる。それが休みなく毎日続くのである。「あなたがたの下手な移乗介助がこの人の拘縮を作ったのだ」。そう言われても反論できないだろう。

ノーリフト・ポリシーで大事なのは方法よりもその「ポリシー」

人力では体に大きく負担のかかる危険な抱え上げ介助はしないようにしましょう。これがノーリフト・ポリシーの要点である。なにも特別なことは言っていない。しかし、こういうことをわざわざ言葉にして周知していかなければいけないことに問題がある。

僕自身はリフトなどの機械を使用するのは体重の重い利用者の全介助くらいしか思いつかない。技術さえみがけば、あとは人力でなんとでもなるはずだと思っている。といっても移乗介助の真髄は技術(テクニック)にとどまるものではない。目の前にいる利用者を全人的に理解しなければ真にここからあそこへの移乗がなったといはいえないと思っている。移乗は生活の中ではあくまで方法にすぎないのだ。

ベッドから車椅子に移ってどこに行って何をしたいのか(してほしいのか)。そちらのほうが大事だ。プロなら、そのための技術の引き出しはたくさんもっていたほうがいい。人力による介助が機械より優れているとか、いやいやそれはまったく反対だとか、そんな議論はちっぽけなことだと思うのだけれど、どうでしょう。

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