介護家族インタビュー集1 後半 西村 早苗さん

前半からの続き

西村さんインタビュー



ーー在宅介護から施設入所を決心したきっかけは
主人を預けようと思った直接的な理由は私の体力的な問題です。去年の夏にショートステイ先から疥癬にかかって帰ってきました。まるまる2ヶ月間外界と遮断して訪問入浴と訪問看護に来ていただいたんですけど、私自身も外出は買い物ぐらいしかいけず、2ヶ月間過ごしたんですね。暑いなか長袖を着て、手袋をつけて主人が触ったものは毎日すべて洗濯しました。

そんなこんなで私のほうが体調を崩すことが増えたんですよ。 私も75歳に近くなると体力がなくなってきなと思っていたんですね。疥癬がおさまるまでの2ヶ月の間に主人がだんだん立つ力がなくなって、トイレ介助が大変になってきました。ズボンを下ろすときは私が下に潜り込んで支えながらするんですけど、それがだんだんしんどくなってきたんですよ。これはもうちょっと無理かなと思いました。まるちゃん達(丸尾多重子氏 つどい場さくらちゃん代表)が心配してくれて、またこんなことがあったら無理だよって言われて・・・。

私が腸閉塞を起こした時には主人を預けるショートステイを探さなくちゃいけませんでした。その時もケアマネージャーさんに苦労して探してもらいました。ショートステイはベッドの空きが少なくて急に見つけるのが大変です。そんなことが重なると、私に何かが起こってからでは遅いと思うようになるんですね。

あと私には10歳年上の姉がいるんですが、80歳を過ぎたぐらいから認知症が出始めたんですよ。今は施設に入ってるんですけど、こないだ会いに行ったら認知症が進んでいて、話がほとんど通じなくなってきていました。

それを見て、自分の意思でいろんな所に行ったりとかできるのは80歳ぐらいまでかな、と思ったんです。私にはあと5年しかないと思ったら、「私の好きなことは今しかできないかもしれない」という思いもあって。

もう一人別の姉がいるんですが、その姉からはこう言われました。「将来あなたが子供に世話になることはあるだろう。でもお父さんの事はあんたがしっかりやっておきよ。あなたが80歳すぎまでがんばって、お父さんをぎりぎりまで看て、2人とも倒れたら子供が大変よ。あなたがお父さんについてけじめをつけなさい」と。そういういろんなことが重なって施設に入れる決心がついたんですけどね 。

――入所先はどのように選ばれましたか?
西宮市、尼崎市あわせて10数箇所を見に行きました。建物としては新しいところもいっぱいありました。1ヵ所見学にいった施設では、職員さんが勝手に部屋をあけて見てくださいと言うんです。入所者さんがいるのに、本人に断りもいれずに勝手にドアを開けた施設があった。これはちょっとやめようと思いましたね。主人に同じことされたらと思うと、ちょっとね。

それから評判は悪くないんですけど、なんとなく暗い感じを受けた施設もありました。ここに入れて私が面会に来たら帰りに悲しくなって泣きながら帰るんじゃないかと思うところもありました。

そんななか、認知症の方がニコニコしながら「ちょっと、ちょっと」と話しかけてきたりね。そういう雰囲気の良いところに申し込みました。新しいところではなかったですけどもその方が温かみがあるかなと思って。

私は施設の相談員さんたちの話を信用していないところがあります。相談員の話していることがいくら良くても、現場の介護職員たちがそのとおりに動いてないと意味がないですし。1人の相談員が言ってることと、別の相談員が言っていることが違う施設もありますし。だから見学で案内をしてくれる人よりも、現場の雰囲気を重視します。

――家族として介護施設に感じているもの
今までショートステイ先から「大きな声をだしたり、職員に手を出したりするので預かれません」、と言われたことがあります。「薬(安定剤)を飲ませるなら預かる」と言われたこともありました。主人は私が家でやっている手順と違うやりかたで介護されると嫌がるんですね。家では私に抵抗したことはないんですけど、その分というか、外では介護職の人たちにあたっていたみたいです。

気にいった介護職の人ができて、その人のやり方なら大丈夫ということがありました。でもその時も、「交代勤務で新人も入ってくるから、気に入った人だけをあてるわけにはいかない」、と言われたことがあります。なんでその人のことは気にいってるのか?とか、気にいっている人の介護のやり方はどうしているのか、とかそういう風には考えてくれませんでした。介護保険ができてから10数年間使ってきましたが、正直「なんなの」って思うところがありましたね。

もうちょっとお父さんとコミュニケーションが取れていた時には、お父さんに「外では抑えてね」と頼みました。すると主人は「家ではお母さんがちゃんとしてくれる。ここ(ショートステイ先)では俺が言わないとわからへん。喜んで行くところじゃない。けれどお母さんのために行っているんだ」って言われたことがありました。

――施設に入られてからはどのように感じていますか?
主人のお尻の肉がなくなっています。家にいた時よりもずっと細くなってます。家で私がみてたらもっとできるのにっていう思いはあります。でも元気に過ごしてきた人でも77歳にもなればいろんな能力が落ちてくるじゃないですか。それを思うとね、障害を負って25年、77歳にもなると正直頑張らなくても良いかなと思うんです。

介護職員のレベルをもっとあげて欲しいとは思いますよ。せめて家族が知っているぐらいの知識は持って欲しいと思います。確かに100%の介護は無理だと思います。でも基本的なケアの知識、家族が知っている程度の知識を持っておいて、という思いはあります。

うちの場合はここまで頑張って25年間とにかく支えてきた。施設に預けたことでお父さんの寿命が短くなるかもしれない。でもつどい場さくらちゃんで言われたんですけど、「今まで頑張ってきたんだから、何があってもあなたの責任じゃないのだから」って。私としてはそう考えようと思っているところもあるんですよ。

何かあったとしたら後悔すると思います。「私がやってあげればよかった」と。でもそういうことも含めて、もう十分、と諦めようと思ってるところもあるんです。自分の気持ちを偽っているのかもしれないけれど。もっとできることはあったと思いますし、最後まで見てあげればいいのは分かっているんですけど、しかたがないと思っている所があるんです。でも施設に言うべきことはいいますし、これからもできる範囲で介護に関わっていこうと思っています。

25年の在宅介護生活があるので、施設入所を決断した時には何か申し訳ないという思いがありました。周りの人からもちょっと落ち込むんじゃないかなと思われていました。でもひどく落ち込むとかそんなことはなかったです。ものすごく立ち上がりが早いとびっくりされたんですよ。
今は新しい生活を楽しんでいます。食事やカラオケに行ったり、それからいろんな講座に参加したり。

たぶんね、この25年間の介護生活があったからいま楽しいと思うんですよ。まだいちばん大事な最期のお見送りが残っているので、やりきったとは言えません。でもやれることはやったよねっていう気持ちはあります。

そういう意味では主人に感謝しないといけない。「25年も介護して偉いね」って、皆に言ってもらえる。順風満帆ではなかったけど25年間主人の命を守って、繋いできたという自負があります。そのあいだにいろんなものが見えてきたし、いろんな人にも出会えて、楽しい事も教えてもらいましたし。だからほんとに介護って悪くないですね。

――最期に一言おねがいします
介護施設に対して感じることの多くは、介護保険の運用の問題だと思います。個々の職員はよく頑張っていると思います。私自身「自分が音を上げて人に頼ったのだから」という思いが根本にあります。だからもし施設のケアで気になることがあれば、極力自分が施設に通って介護すればいい。それが家族としての責任だと考えています。ただし、私に今の体力がなくなった時には、職員さんには個別介護の知識と技術の習得を努力してほしい。家族(私)が施設に安心して預けるためには必要なことだと思います。

赤字はインタビュアーが行いました。

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