私も入りたい「老人ホーム」を読む



れ以上分かりやすいタイトルもない。書き手の言いたいことがすべて詰まっている。非常にシンプルなメッセージである。そのため思わず手に取ってしまう。そんな本だ。著者は甘利てる代氏。「女性・高齢者」を主なテーマに取材活動を展開するフリーのルポライター。他の著書に『高齢者ケアの達人たち』、『介護施設で看取るということ』がある。

この本は介護施設の選び方のノウハウ本ではない。内容を一言でいうと「自分たちで老人ホームを創ってしまった人たちの物語」である。ここでいう老人ホームとは介護付有料老人ホームや介護保険施設のことではない。単純に言葉通りの意味である。老人のための家(ホーム)を創ってしまった人々の話だ。

老人ホームであって、老人ホームではあらない

いや正確に言うと老人ホームですらない。なぜなら要介護老人だけでなく、障害の有無にかかわらず、すべての年代の人を対象にした施設(このゆびとーまれ)がでてくるからだ。要介護老人だけでなく、障害者や子どもたちまで、困った人の求めに応じられる機能を持つホームの話なのである。

この本は以下の7章で構成されている。

第1章 このゆびとーまれ
第2章 元気な亀さん
第3章 宅老所あいあい
第4章 みんなの家
第5章 花時計
第6章 生活リハビリクラブ きらら
第7章 いい施設を見つける方法

第6章までが介護施設の紹介。便宜的に「介護施設」と書いているが、中には介護保険の指定をあえてとっていない自主サービスのところもあれば(元気な亀さん)、入所サービス、在宅サービス、そしてその中間のようなホーム(宅老所あいあい)もある。制度上正式な名称で呼べるものもあれば、通称のところもあるので、混乱をさけるためとりあえずすべて「介護施設」としている。本当は単純に介護施設と呼べるようなシロモノではない。

第7章に「いい施設を見つける方法」が載っているかと思ったが、ほとんど具体的なことは書かれていなかった。この章には著者がはじめて出会った宅老所の様子が書かれている。介護施設の選び方の本として読むと、まったく内容が足りない感じがする。

しかし、第1章から6章まで読まれた方なら、良い介護施設とは何かというものが理解できるはずだ。具象で捉えるよりも抽象的な感覚でとらえたほうが、物事の本質を理解できる場合がある。いや、介護施設を選ぶ時は抽象的な感覚、つまり直感がすごく大事である。その感覚を磨くための本として、これはすごく良い本だと僕は思う。

具体的で興味深いエピソードがたくさん詰まっている。文章の一部を引用しても意味がないように思えるので、興味のある方はじっさいに本を読んでもらうしかない。しかしそれではあまりにも不親切だし本の紹介にもならない。だからこの本を読むために必要だと思われる周辺知識について簡単に説明しておきたいと思う。

そもそも宅老所とは何か?

本のはじめに宅老所という言葉が出てくる。

民家などを活用し、家庭的な雰囲気のなかで、一人ひとりの生活リズムに合わせた柔軟なケアを行っている小規模な事業所を指す。

通い(デイサービス)のみを提供しているところから、泊まり(ショートステイ)や自宅への支援(ホームヘルプ)、住まい(グループホーム)、配食などの提供まで行っているところもあり、サービス形態はさまざまだ。また利用者も、高齢者のみと限っているところがある一方で、障害者や子どもなど、支援の必要な人すべてを受け入れるところもある。介護保険法や自立支援法の指定事業所になっているところもあれば、利用者からの利用料だけで運営しているところ、あるいは両者を組み合わせて運営しているところもある。

宅老所・グループホーム全国ネットワーク http://www.takurosho.net/index.html

宅老所はあいまいなところで、この条件を満たせば宅老所です、ということが言えない。あいまいだから柔軟に対応できるとも言える。僕が考えるに、いずれの宅老所にも共通しているのは次の点である。

目の前に困っている1人の老人がいる。このたった1人のためにケアの居場所を創る。それが共通点のような気がする。

介護保険ばかりが介護ではない

一部だけ引用しても意味がないと書いたが、ここだけは引用したい。第1章のこのゆびとーまれにでてくる中野晴次さんと輝子さんの話である。晴次さんは若い時に事故にあい両太ももから下の部分がない。輝子さんは脳性まひだ。共に障害をもったご夫婦のエピソードである。

「結婚して20年。ずっと2人だけでやってきたんです。『このゆびとーまれ』にきたのは切羽詰まっておったからよ」
行政の窓口に入浴介助を頼んだら、決済までに1か月かかると言われた。今の今困っているのに、どうして一か月も待たないといけないのか。そう思った時、数年前にテレビで紹介された「このゆびとーまれ」のことを思い出した。
「電話で相談して、その日のうちにここにやってきたんよ。入浴だってその日にできた。その3日後から毎週通ってくるようになったんだ」

中野さん夫婦は高齢者ではないので老人介護の対象ではない。それに昔のことなのでいまほど障害者の制度も整っていなかった。本来なら社会保障の受け皿として、行政が真っ先に動くべきである。でも行政は杓子定規だし書類がないと何も動けない。

制度がないと何も出来ない。制度の前に法律を作らないと何もできない。法律の前に政治家が集まらないと何もできない。政治家の前に選挙をしないと何もできない。そして次の選挙を待っていたらいつまでたっても風呂に入れない。

目の前に困っている人がいたら手を差し出す。言葉だけなら誰にでも言える。でもたった一本の見知らぬ人からの電話で、その日のうちに本当に入浴を用意するのは誰にでもできることではない。
僕はことさら「福祉」なんて言葉は使いたくない。それでもあえて言うなら、福祉の真髄がここにあると思う。法律や制度が整うまでなんて待てない。困った人がいたらとりあえず動く。そういう人々である。僕はとても福祉の人にはなれないな、と思う。

そこには個人の努力と犠牲の上に多くが成り立っている。この本に出てくる介護施設を開設した当事者たちは、自分が何かの犠牲になっているとは考えていないだろう。でもそこらへんを歩いている普通の会社員が少し思いついたから、というレベルでできることでもない。
まったくの赤の他人といっしょ、それも認知症や重度の介護を要する人といっしょに生活してしまうなんて、とても一般的とは言えない。ぜんぜん言えない。マクドナルドにハンバーガーを注文しにいくのとはわけが違うのだ。

宅老所をもとに作られた小規模多機能型居宅介護

宅老所の実践が認められ、介護保険の中に組み込まれたのが小規模多機能型居宅介護というサービスだ。

小規模多機能型居宅介護とは、デイサービスを中心に訪問介護やショートステイを組み合わせ、在宅での生活の支援や、機能訓練を行うサービスです。
平成18年4月の介護保険制度改正により、今後増加が見込まれる認知症高齢者や中重度者ができる限り住み慣れた地域での生活が継続できるように、新たなサービス体系として地域密着型サービスが創設されました。

健康長寿ネット https://www.tyojyu.or.jp/net/kaigo-seido/chiiki-service/shoukibo.html

要支援でも要介護でも介護認定を受けていれば利用できる。宅老所をモデルにしたので、通い、訪問、泊まりのケアサービスを同じ介護職員たちから受けられる。ちゃんとケアマネがいて、ケアプランを作ってくれる。生活のあらゆる場面に同じスタッフがはいることによって、ケアの継続性が保たれるメリットがある。

しかし経営的にみると、あまり芳しくないらしい。通い、訪問、泊まりを包括的に提供している割には介護報酬が低いのである。同じ法人が個々にサービス提供するほうが経営的に有利な報酬体系になっている。もちろんうまくやっているところもあるのだろうが、介護職員は少人数の雇用なので宅老所のような「利用者のかゆいところに手が届く」、という感じにならない(とよく聞く)。

というか、宅老所はボランティアなどに支えられている面が大きいのに、介護保険施設になると原則雇われの介護スタッフだけでまわすことになる。介護スタッフが疲弊するのも当然である。制度は利用するもので、利用されるものではないことのよい見本である。

なぜ若い人たちも宅老所をつくるのか

この本に関して僕の個人的な印象を述べると、宅老所をやけに礼賛している部分に時代を感じた。少人数でケアするメリットばかりが目立つし、介護施設を運営している人たちの苦労部分の描写があっさりしすぎている。職員教育やら施設経営やらで苦労していると思うのだが、あまりそういう部分はでてこない。
まあ儲けのことなんか考えたら、そもそも始めていなかったんだろうけれど。

どちらにしてもこの本が出たのは2005年。今から12年前である。12年もたつと介護制度は270度くらい変わっている。もともとがどんな形だったのかさえ分からないくらいである。

面白いことに宅老所が制度に組み込まれ、小規模板機能型居宅介護になった今でも、新しい宅老所が作られている。集団処遇(大人数を対象にした介護)に違和感を覚え、宅老所をつくる若い人たちがちゃんといるのだ。

宅老所をもとに作られた小規模多機能型居宅介護という制度があるのに、彼らはなぜあえて宅老所をつくったのか(名乗るのか)?少なくとも儲けようと思っている人は1人もいない。たぶん理由は先人たちと同じだと思うのだけれど、実は違うかもしれない。今度機会があったら聞いてみたいと思う。

もしかしたらマクドナルドにハンバーガーを買いにいくつもりだったのに、間違えて宅老所を作ったのかもしれないから。

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