「間違えてはいけない老人ホーム」後半

プロの介護といってもピンきり

質の悪い老人ホームに入居してしまうと、要介護者本人にとっては人生の最晩年がとんでもない不幸で終わる。誇張でもおおげさでもなんでもなく事実である。

老人ホームに預けたら家族は介護の負担から開放されるし、お年寄りはプロの介護を受けてハッピー。世界がこんなに単純だったらいいのだが、老人ホームに預けても家族は介護の責任から解放されないし、プロの介護といってもピンきりである。このことを世間の人は知ってか知らずかあまり話題にしない。われわれ介護業界にいるものも同じである。

研修では自立支援だ、自己実現だ、利用者のためのケアプランを作ろう、などと表向けの話題ばかりだ。国は食事、排泄、入浴という基礎的なものをおざなりにして、介護ロボットだ、要介護度が下がったらインセンティブをやる、などと訴えている。

「間違えてはいけない老人ホーム」の著者は介護業界の闇をこれでもかと暴いている。例えば次のような箇所。長くなるが引用する。

 ある家族から相談があり、人権にかかわる内容でしたので、何度も電話で話をし、時間をつくって会って話もしました。家族は社会福祉協議会に設置されている運営適正化委員会に相談し、同時に自治体の窓口にも相談しました。(略)結論は「虐待の疑いはなかった」ということでした。しかし、結論までの調査のプロセスが実に稚拙で、お粗末でした。
 (略)家族は、その調査の質問項目となぜヒヤリングを幹部5人だけで行ったかなどの根拠、結論に至った議論の内容について文書でいただきたいと要請しましたが、文書は出さないというのです。家族は(略)開示請求をしましたが、何とも納得できない理由で開示できないという回答でした。
 (略)入居者に会って話を聞くということはしませんでした。入居者がどの程度に意思表示が出来るかなぜ確認しないのでしょう。幹部と当事者にヒヤリングしてどれだけの真実がわかるのでしょうか。調査はそれがすべてであり、それに基づいて結論を出したのです。(苦情体制のチェックポイント P76)

人権は家族が守る

僕も最近似た相談を受けたが、その相談先の施設にもし自治体が調査にはいっても上の例のような扱いを受けるだろうと思う。家族の訴えは解決されないだろう。
中には施設の介護業務の枠を超えていろいろ要望を出してくる家族もいる(そんなのあなたたち家族がやれよ、というものばかり)が、それとこれとはべつである。

境界線ははっきりしている。人権にかかわる問題かどうか?である。虐待や、それに近い行為を許してはいけない(ましてや行政が)。かといって現実的な問題として行政は簡単に動いてくれない。だったら自己防衛するしかない。

・相談できない認知症の方や身体状態が重度な人のサービスの質はどのように確保していますか?(P81)

施設がどのようにサービスの質を確保しているかを聞く質問だが、「相談できない認知症の方」と「身体状態が重度な人」を同じ質問の俎上にのせると、答える方はこまるかもしれない。
相談できない認知症の方というのは意思疎通もはかれない重度認知症の人を指していると思うが、その場合は家族が代理人になるだろう。そのためケア内容に家族の意向をちゃんと反映させているか。だがじっさいにどの程度反映しているかを確認するのは、この質問だけでは難しい。

身体状態が重度な人のケアについてだが、ADL介助に必死でレクリエーションや行事の参加にまで手がまわらない場合は多い。重度の身体障害があっても、本人の行きたいところに年に最低1回は連れて行っているか、ということを聞けばよいと思う。もちろん年に1回といわず何回でもいいのだが。

・あなたは自分の親あるいは自分自身、この施設に入れたい、入りたいと思いますか?(P89)

これは施設側の人間からしたら禁句である。でも面白いからぜひ訪ねてみて欲しいと思う。この質問への答えは3種類あると思う。
①「入れたくない」と正直に言う人。そこまではっきりしなくても、入れたくないと思っているのでうやむや〜と言い淀む人。

②営業トークで「ぜひ私の親も私も入れたいです!」とさわやかにいい切ってしまう人。いい切る人はあやしい。

③淀みもさわやかさもないが「本人が希望するならお受けします。私?わたしはどうかなぁ。入ったら職員が嫌がるんじゃないですか」みたいなこと言う人。
③のような人を見極められるかどうかだと個人的には思う。

いぜんなにかのアンケートで介護職に「あなたの親を自分が働いている老人ホームに入れたいと思うか」と聞いた質問に半数以上の人がNOと答えていた。これが現状である。

・あなたはこの施設で長く働きたいと思っていますか?(P89)

この質問はかなり的をえている。しかもこれは状況をかえて聞いてみると面白い。施設長の前、介護リーダーの前とかで介護職員に聞いてみる。これで本音が完全に分かる。施設長やリーダーが職員をどう扱っているかもわかる。一石二鳥である。ぜひ見学に行った先でこの質問をここぞというときに使ってもらいたい。僕もこんどやってみるので、報告します。

サービス内容のチェックポイントについて

・食事中、職員が座って介助しているかどうかを見ます。(P98)

老人ホームの良し悪しは設備をみるとわかる。その第一弾が食卓テーブルである。新しいとかぼろいとかを見るのではない。テーブルの高さをみる。人間が食べやすいテーブルの高さについてちゃんと考えられているか。椅子に座ってテーブルがおへそにくるくらいの位置が食べやすい高さだ。

その位置よりもテーブルが上にあると、箸やスプーンを使って皿から食べ物を食べにくい。利用者の尊厳というのはちゃんとモノにあらわられるのである。利用者の尊厳とは、立派な額縁に収められている理念の中にはない。ちゃんと目に見えて、触れるモノに表現できるのだ。

さらには職員が立ったまま食事介助をしている施設には絶対いれてはいけない。上からスプーンを口に入れられると顎があがるので誤嚥する危険性が高まる。もともと高齢のためや他の障害のためにむせ込みやすくなっているのだ。介護職が誤嚥を誘発させてどうする。入居者の横の椅子にすわり、小さめのスプーンで一人ひとりきちんと飲み混み具合をみて食事介助しているか。このポイントをみなければならない。

排泄の随時誘導で施設の介護レベルがわかる

・排泄介助は定時か随時で行っているかを聞いてください。定時の場合、一日何回交換しているかを質問してください。1日2回だけという施設もあります(P101)

まず定時誘導と随時誘導の違いだが、定時とはトイレに誘導する(おむつ交換する人も含む)時間を決めており、その時間にきたらいっせいにトイレに誘導することである。
随時誘導はその名のとおり、排泄のタイミングを見計らって誘導する。夜間のおむつ交換は定時になるかもしれないが、日中だけ紙パンツの人はもちろん随時のトイレ誘導になる。これは施設の排泄介助レベルをみるための指標である。

でもいまどき定時誘導している施設なんてあるのか?と思うのだが、ちゃんとある。ひどいところは本当におむつ交換の回数が1日2回なんてところもあるらしい。僕は実際に見たことがないけれど。それは完全に人権侵害だと思う。

少し考えてみてほしい、その人の体調や飲んだ水分量によって2時間でトイレにいきたいときもあれば3時間でいいときもある。それなのに全員のトイレの時間をとくに根拠なく決めていっせいに誘導するというのはどうなのだろうか?
親を、ましてや自分がそんな施設に入りたいと思うだろうか?入居者一人ひとりの排泄のタイミングをつかむというのは、しっかり入居者を観ているということである。排泄介助がしっかりしていれば、他の介助もしっかりしていると考えてよいくらい大事なポイントなのだ。

けっきょく、入ってみないと良し悪しはわからない

 どんな施設がいいか、中に入ってみないとわからないというのが現状です。この本の中で施設を選ぶときのチェックポイントを細かく書いていますが、結局、個人で全てを調べることは困難ですし、かなりのスキルが必要です。でも、何も知らないよりは知識を持っていると、施設に入った時にどう生きてどう暮らしていけるかがわかり、自分の生き方を仕切り直せます。

この本にはこれでもか、というほど細かいチェックポイントがのっているが、それでもけっきょく施設の良し悪しは「中に入ってみないとわからない」、と著者は言う。僕もそう思う。施設でよい生活ができるかは、その施設に介護職にしろ入居者にしろ、自分にとって相性があう人がいるかで決まる。人との相性を1回や2回の見学で把握することはできない。

ショートで施設介護をお試しする

いま在宅介護をしているなら、近くにショートステイ機能をもった老人ホームのショートを試してみるのは有効な手だ。ショート利用を通して入所生活とはどんなものかを予行演習するのだ。

そこで入所生活ができそうだと思えばそこの施設に申し込みすればいいし、ダメなら他のところを試してみる。余裕のあるうちにいろいろ「お試し」しておくことをおすすめしたい。それで施設のサービスレベルの違いを知っておくことも重要なのである。

それに要介護者本人やその家族が入所介護を経験すると、やっぱり家で介護される(する)方がいい、と思う人は案外多い。
いずれにしろ在宅介護とか施設介護とかきっぱり分ける考え方は古いと僕は思う。ときどき在宅、ときどき施設(逆も)なんていうほうが、介護がオープンになって虐待が減るんじゃないかな、と思うのである。

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