病院なんて信頼するもんじゃない、という話

院や介護施設に入院(所)する時には、多くの書類を書かされる。たいていの人は内容をよく読まずに、言われるがままに書いているのではないだろうか?入院(所)時はバタバタしていてゆっくり読んでいるひまなどないし、病院や介護施設が自分たちをだますようなことはしない、という漠然とした信頼感を私たちは持っているからだ。
 
でも僕はこれまでにその漠然とした信頼感に裏切られた利用者たちに出会ってきた。今回は僕が体験した話を皮切りにその点について考えてみたい。

https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20140926-OYTEW54633/
ソース ヨミドクター「医療とお金(3)差額ベッド代は患者側が希望した時だけ」

父に介護がやってきた?
数年前、大阪にいる僕の父親が交通事故にあった。父が早朝バイクで会社に通勤していたところ、前から右折してくる自動車にぶつかったのだ。父はふっとばされて頭をうち脳震盪を起こした。くわえて左手首を骨折、右上腕の筋の断裂。相手に怪我はなし。救急車が呼ばれたが、父は乗車を拒否した。そして会社まで1300ccもある大型バイクを押していった。まず会社に出勤しなければ、と思ったらしい。頭を打ったショックで、その時点ですでにまともな判断ができなくなっていたのだ。

会社についたはいいが顔は真っ青で言動もおかしい。会社の人がまた救急車を呼び、脳神経外科専門の病院に連れて行かれたのだ。
僕は当時神戸に住んでいたが、父の会社の人から事故にあい今は病院にいるとの連絡を受け、すぐに大阪に向かった。病院に着くと、父は病室のベッドの上に座っていた。僕を見ると、「車とぶつかったらしいが、頭を打ったので事故前後のことをまったく覚えていない」と話した。

事故前後のことを覚えていないことはよくある。とりあえず会話はできるし、骨折はしているが命に別状はなさそうだしよかったと僕は思った。しかし父の話を聞いていると、すぐにおかしなところがあることに気づいた。

父「事故にあったらしい。バイクを押して会社に行ったらしいが何も覚えていない」
僕「そうみたいだね、会社の人がつきそって救急車に乗ってくれたんだ」
父「そういえばさっき洋介(僕の弟)がきていたぞ、どこにいる?」
僕「あいつはさっき帰ったよ」

とここまできて、

父「事故にあったらしい。バイクを押して会社に行ったらしいが何も覚えていない」

冒頭の話に戻る。これを何回も繰り返すのだ。短期記憶がおかしなことになっていた。
常日頃、まわりの人に「介護は突然やってきますからね」と言っていた自分に来たか?と覚悟した。これまで事故で脳を損傷し、高次脳機能障害になった利用者をたくさんみてきた。その症状とほとんど同じだったからだ。

早くも別の問題。病院の個室料1日1万5000円
父は脳震盪と診断された。短期記憶の混乱はそのためで、いずれおさまるでしょうと医者は言った。たぶんそうなのだろうと思う。でも僕は知識があるだけに、軽度でも障害が残ったらその後が大変になるだろうな、と考えていた。一瞬で介護認定からケアマネ選定、必要なケアサービス調整までの計算が頭を駆け巡った。脳の場合、数ヶ月間は注意深く見守っていないといけないのだ。油断はできない。

僕が入院に必要なものを買いに30分ほど外に出て戻ると父が病室にいない。近くにいた看護師に聞くと、個室に移ってもらったという。父は骨折した左手首を固定されているだけで(手術は後日)歩くことに支障はなかった。自分で移動したのだろう。

「療養上の理由ですか?」
「いえ、その部屋しかあいてないからです」

個室にいくと父が看護師から渡された書類に必要なことを書いて出してきて欲しい言ってきた。書類は入院についての申込書と同意書、そして個室の使用申込書だった。個室の使用申込書?
その書類を読むと、いわゆる差額ベッド代が15000円と書かれていた。1日あたり15000円である。僕の計算に間違いがなければ、30日間入院すると45万円を治療費とは別に支払わないといけなくなる。
僕は父親に聞いた。何の説明もなくこれを書いてと看護師に言われたんだね?と。父は頷くのみである。低下しているのは短期記憶だけでそれもまあ軽度だが、今の状態の父に何か説明しても頭に入るわけがない。

差額ベッド代を支払わないといけない場合とは
僕は父親の事故のことで頭に来ていた。頭にくる原因は被害者の態度にあったのだが、まあここでは関係ない話である。まず考えたのはどこにどなりこみに行こうかということだった。書類を持ってきた看護師の詰め所?いや彼女らはたんに事務的に書類を私にきただけだろう。それに入院費などの事務的なことはやはり会計課にいかないとらちがあかない。

僕は1階にある会計課へ行った。窓口に座っていたのは若い事務員の女性だった。僕はなにも知らないふうをよそおってこう言った。

「何かの間違いで個室使用申込書を書けと言われたんですけれど、どういうことですか?」

「今日ご入院された東野様ですね。個室に入られるのなら皆さんにこの書類を書いております」

「父は療養上の理由で個室に変更になったわけじゃないですよね。個室しか空いていないから移れといわれただけです。本人が個室に移りたいと希望したわけではありません。その場合は個室料金はとれない決まりになっているはずですが?なぜこの書類が手元にあり、名前を書いてくださいと言われたのか説明してもらえますか」

僕はできるだけ穏やかな口調でそう伝えた。すると彼女は鉛の玉を飲み込んだ人のような顔つきになり、目を細めて僕をみた。そしてしばらくお待ち下さいと言い残し、奥にひっこんでしまった。僕はてっきり頭の禿げた中年太りしたスーツの課長クラスのおっさんが出てきて話をするのかと思った。戦闘準備万端、いつでもこいや、という気持ちである。でも戻ってきたのはさっきの女性事務員だった。

彼女は何も言わずに元の椅子に座った。そしてひとことだけこう言った。「ご存知だったんですね。それでは個室料はけっこうです」。

僕はその言葉のあとに釈明か謝罪の言葉が続くのかと思った。説明不足を詫びるとか、間違って(んなわけないだろうけど)個室料金を徴収するとろでした、とかなんとか。でもそんなものは何もなかった。「ご存知でしたか」。それだけである。僕は個室使用申込書を破り捨て、父親の病室に戻った。

父の短期記憶は回復したが
一旦ここで報告しておくと、僕の父親の脳震盪後遺症である短期記憶の混乱は完全に回復した。3ヶ月ほどは注意深く見守っていたのだが、以前と変わらないところまで戻ってくれた。本当によかったと思っている。しかし、あのときの事故で脳にもっと重度の損傷を受けていたり、ひどい複雑骨折をしていたり、打ち身が原因で生活に支障のある内臓疾患を発症していたかもしれない。あの時に僕の介護生活が始まっていたとしてもおかしくなかった。

もし父親に重度の脳機能障害が残ると言われ、介護の知識もなく、毎日15000円の個室代がかかると言われたら、途方にくれてしまうだろう。強く混乱するはずだ。そんな精神状態でろくに説明も受けずに必要な書類なのでと言われれば、誰でも同意書にサインしてしまうだろう。

僕は介護の仕事の経験があるから、今後の流れが想像できる。
そのため混乱はしなかった。また払う必要のない個室代の請求もとうぜんのこととしてつっぱねた。病院って診療報酬以外のところでこんなことをしているくらいだから、裏で何をやっているか知れたものではない。

老人保健施設は要注意
僕は老人保健施設の相談員時代にこの個室料金のルールを学んだ。老健の個室料金でもルールは同じである。老健はベッドの部屋の移動が比較的多いと思う。もし療養上などの理由で個室に入ってくださいと言われたのに、個室料金をとられているなら、すぐに個室使用同意書を無効にするよう伝えたほうが良い。

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個室料金が請求されない場合の用件 「保医発第0328001号」5ページ目(8)から引用

こんな横暴を許し続けてきた原因は?
だいたいにおいて、施設から渡される書類を家族はみていないことが多い。それは中身を読んでもよくわからないと家族が考えているからだし、実際そうであるからだ。また栄養改善やら機能訓練やらの説明をされてもよくわからないだろう。書類は加算をとるために必要なもので、説明はおまけである。その点は施設側が悪い。

しかし、だからこそというべきか、家族のほうも最低限の介護の知識や制度を身につけるべきなのだ。今はそういう時代なのである。けっして「専門家にまかせていれば安心」ではない。

たとえば施設でどんなケアが受けられるか、それを確認できるのがケアプランである。要介護者にとってケアとは生活そのものである。ケアの内容・質によって晩年の人生が決まると言っていい。この点を家族は知らないのか、軽くみているのか、考えたくないのか、まったくスルーしている。僕はケアプランの内容をじっくり点検する家族に残念ながら会ったことがない(在宅ではいたけれど)。

30年前に比べれば、介護の知識や技術は進歩した。これは間違いない。介護職たちのたゆまぬ実践と研究の成果である。要介護者が良い介護施設、良い介護職に出会えることができれば幸せである。しかし、介護業界内におけるケアの質の不平等という問題はまったく改善されていない。良い介護施設に出会えるか、これを決める最大の要素は何か?これは昔とかわらず、ほとんど運のみである。

良い介護施設も介護職も増えているのに、どうして運だけでしか巡り会えないのか?それは介護事業者の数が増えているため、良い介護を提供する事業所が相対的に少なくなるためだ。良い介護をしようという善意・やる気を持っている職員がいるかどうかで施設のレベルが決まる。介護福祉士が何割以上いるかとか、看護師が夜勤にもいますとか、そんなことは全く関係ない。いわば内部からの改善圧力が強いところしかケアの質は上がらない構造になっているわけだ。介護人材の不足も手伝って、優良施設は少ない。

考え方を飛躍させると、家族が介護施設に対して漠然とした信頼感を持ち続けたからだ、とも考えられる。だから施設ケアの質をチェックすべき家族の機能が働いてこなかった。

でも家族全体が施設に本物の信頼感を持ち続けていたわけではない。不信感や不満感を持つ人もいただろう。僕も一度だけ面と向かってこう言われたことがある。

「もし預けるのが自分の子供なら、あなたの施設には絶対に預けない」。

たとえケアの内容に不信や不満をもっていたとしても、親を預けている施設に意見すれば、退所を言い渡され、再び自分がケアの担い手になってしまう。それはとても恐怖である。このような信頼と不信のアンビバレントな感情に悩んでいた(悩んでいる)家族は多いと思う。

こんな複雑な感情を持っている家族と、ケアの専門家にまかせておけば安心なはずだ、というお気楽な幻想にひたる家族があいまって「施設がケアプランにサインしてと言っているから素直にサインしておこう」という状況を作り出しているのではないか。
これが良い介護施設かどうかは蓋を開けてみるまでわからない、という状況が続く原因である。

今後ケアの質をあげるため、介護施設内部からの圧力を高めていく方法はもう限界に来ている。施設の外にいる家族からの圧力をケアの質向上に繋げる必要がでてきている。

僕の父親がつぎに本当に介護が必要になる時がいつかはわからない。事故のときに介護生活が来た!と本当に覚悟した。そのときの感覚はまだ僕の身体のなかに残っている。

できれば介護の覚悟など二度と経験したくはないけれど、人は長生きすればかならず介護を受けることになる。そのときに父親に適切なケアの場を用意してあげることは息子としての僕の義務だと思っている。




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