出産のおともはゴルフボール

どもはどこで産みましたか?僕には子どもが2人いるが、2人とも助産院で産まれた。縁がなかったのでそれまで知らなかったのだけれど、出産場所としての「助産院」は全体のたった1%しかない。僕と妻はかなりマイノリティな選択をしたことになる。
出産場所の98%は「病院、診療所」である。そこで医師の手で取り上げられる。残りの本当に統計できているのか?というごくごくわずかな割合に「自宅」出産がある。病院や(100歩ゆずって)助産院が選択肢の中にあるのに、自宅出産を望む人ってどんな人なんだろう?すごいね。

初めての出産は助産院
かくいう僕の妻も当初は自宅出産がしたいと話していた。確かに産むのは彼女だが、僕のほうが困る。初産なのに何かトラブルがあったらどうするのだ。救急車は仕事がら呼び慣れてはいる。しかしお産の場合に救急車が必要になるということは、けっこう深刻な事態に陥いるということではないか?

しかもその深刻な事態に陥っているのは自分の妻であり、まだ生まれていない子どもの命も含まれている。そんなときに冷静さを保てる自信はない。自宅出産と言っても助産師さんに自宅に来てもらうわけだが、それでも気軽に「イイんじゃね?自宅出産サイコー!」と言える度量は僕にはなかった。

ということで、初めての出産は助産院だった。助産院というから小さな医院みたいなところかなと思っていたが、実際はけっこう違っていた。妻が選んだ助産院はもろに住宅街の中にあった。助産院そのものも普通の家である。助産院をするにあたっては法律で定められた施設基準があると思うのだが、そんなものは家の外見からは分からない。

中にはベッドの脇に超音波検査機が置かれた部屋、分娩時に使用する畳の部屋(子どものおもちゃなども置かれている)などがあるだけだ。あとは普通の家である。助産師とその家族が住んでいる。

この助産院に何度か連れて行かれた。「私が陣痛でウンウンうなっているときにアナタがタクシーを呼んで道案内をしないといけないんだかね」というのが理由である。

ふむふむ、なるほどそうか、と当時27歳の純情な青年だった僕は思った。

しかし今になって考えると、こういうふうにして妻は僕を洗脳していったのだ。洗脳を相手に悟らせない、なかなか見事な手口だった。

正常なお産なら助産師(院)で対応できるが、逆子や何か異常があると病院での対応になる。医療的な検査も助産院ではできないから、途中までは病院の産婦人科にかかった。こちらにも連れて行かれた。
一度胎児が逆子になった。しかし次の検査のときには戻っていたので、医者からこれで助産院で産めますよと言われてしまった。

それでも専門家にお任せにはできない理由
仕事がら病院に過度の信頼は寄せていない。しかしこのときだけは病院で産まなくて本当に大丈夫かと思わずにはいられなかった。

一般的に、未経験なことは先が読めないから不安になる。
(1)不安になると専門家に任せたくなる。
(2)気持ちや時間の余裕がないと専門家のレベルなど考えられない。
(3)内容についても知識がないのでとりあえずお任せにしてしまう。
(4)お任せにしたんだから何かおかしいなと思いつつも、専門家に口出ししてはいけないと思う。
(5)気づいたときにはなんでこうなってるの?になる。

この構図は医療でも介護サービスでもまったく同じである。

出産の補助はサービス業たりえる?
助産師ももちろん専門家なのだけれど、規模が小さい。距離が近い。お互いに信頼関係を築く必要がある。単純なお客さんとお店の人というサービス関係ではない。そもそも出産の補助をサービスにできるのか?と思う。もちろんこちらは人件費などに相当するものを払う。でもそれは「お金を払うんだから、ここまでのことはしてくれよ」、というサービス関係を求めてのことではない。

出産とは危険な行為だ。現代でこそ妊婦や新生児の死亡率は低いが、現代が特殊なのであって、医療的管理が受けられなかった体の弱い妊婦や、出産に適した環境で産めなかった時代には命が危険にさらされるものだった。出産は死と隣り合わせなのだ。助産院での出産に立ち会って本当にそう思う。

そんな生きるか死ぬかという出産のプロセスにはできることなら関わりたくない。そんな特異な非日常に関わるのは非常に疲れるからだ。これが僕の正直な意見である。できれば見たくないし、聞きたくないし、話題にもしたくない。

原因と結果の間はブラックボックスであってほしい。結果だけがポンと目の前にあらわれてくれれば楽だ。でも現実はそうはいかない。

だからその道の玄人さんに手伝ってもらう。手伝ってもらうことで必要になるお金はこちらが用意する。出産の当事者はあくまでもこちら側なのだ。こう考えられれば、訪問介護の掃除の仕方がおかしい、なんてクレームはでないんじゃないかと思う。まあヘルパー本人の資質に問題がある場合はこの限りではないけれど。

強引に介護の話に合わせてる?いえいえそんなことはありません。

出産のおともはゴルフボール
妊娠したお腹が大きくなるに連れて、妻は僕への教育をさらに進めていった。印象的だったのはゴルフボールである。

ゴルフボール?なんでそんなものが出産に必要になるんだ?

陣痛中の傷みの緩和にゴルフボールを使うというのである。どうやって使うか?肛門にゴルフボールをぐいぐい押し付けるらしい。なんでそんなことで傷みの緩和になるのかまでは聞かなかった。僕の理解を超えていたからだ。
でもこのゴルフボールが出産に関わるプロセスを僕に与えてくれることになった。同時にこれが僕が寝込む原因にもなったのだけれど。

なんか話しが長くなってしまったので今日はここまで。

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