主夫生活のいちにち

日は11月24日。ここ数日で気温がさがってぐっと冬に近づいた。あまり秋らしい空気を感じずに一気に冬になってしまった感じだ。東京では初雪が降った。雪のために交通機関が乱れることがあるかもしれないとyahoo!のお天気お姉さんが言っていた。まあ京都在住で通勤もしない僕には関係がない。ちなみにyahoo!のお天気お姉さんは天気の話しかしないので(当たり前か)、僕は好きである。

専業主夫生活を初めたのが7月末からだったので、4ヶ月が経過したことになる。もう秋も終わりだけど、今年の秋はぜんぜん秋らしさを感じなかった。暖かい日が多かったせいかもしれない。でも僕が考えるに、手のかかる子ども2人を相手に毎日格闘試合みたいなことをしていると、秋特有のもの悲しさを感じる余裕など持てないのだ。

落ち葉舞う秋の昼下がりにチューリッヒ湖のほとりのカフェで紅茶とアップルパイを注文し、遠くの山に映える紅葉を眺め、終わった恋をふと思い出しもの悲しくなる。ため息をつく。心が震える。オフコースが聴きたくなる。
秋はこのためにあるのだ。

古い木造住宅の畳の上でむき栗をがつがつ食べ、水をこぼしてそこらじゅうにぶちまける子どもたちを目の前にして、どこに秋らしさを感じられるだろう?

起床〜午前
僕の主夫生活はまず8歳の男の子の弁当作りから始まる。小学2年生の長男が通う学校には給食がない。低学年のうちは宿題もない。テストもない。おまけといってはなんだけど校長もいない。

僕は断言した物言いをあまりしない人間だけれど、これについては断言する。僕の子供が通っているのはかなり特殊な「学校」である。というか日本の法制度上は学校ですらない。母体はNPO法人である。シュタイナー学校という。なかなかユニークな学校なので、このシュタイナー学校についてはどこか別のところで書きたいと思っている。

ちなみにこの学校、月々の学費(この学校では参加費と呼ばれている)が約5万円かかる。5万円ですよ、あなた。シンジラレナイ。他にも授業で使う笛やら何やらをちょこちょこ購入しなければならない。僕としては冷や汗ものである。お腹のあたりがキューとする。

僕はシュタイナーのシュの字も知らなかった。この学校を見つけてきて入学させたのは妻である。これについて書くと長くなるし、テーマとはずれるのでこれ以上は書かない。たぶんまた別の機会にでてくると思う。

男の子を8時15分くらいに学校に送り出したあと、9時半頃まで洗濯物を干したり軽く掃除したり、日によっては布団を干したりして簡単な家事をすませる。そのあとに下の女の子と遊びにでかける。なんせ3歳である。つまりエネルギーの塊である。美味しいものを食べているか、トイレできばっているか、寝る時間以外はつねに動き回っている。

来年の4月に幼稚園に入ることが決まっているけれど、それまでは僕が100%面倒を見なければいけない。そう考えるとまたお腹のあたりがキューとする。娘の相手が嫌なわけではないが、小さい子供をもつ専業主婦の方はこの気持わかってもらえると思う。

そうして公園などに連れて行って適当に遊ばせて、12時までにはいったん家に帰り、昼食。昼食はだいたい昨日の夕食の残り物とか、今朝上の子の弁当を作ったときに余ったおかずで済ませる。この生活を始めるまであまり気にしなかったけれど、外食ってなんてお金がかかるんだろうと思う。

午後〜夕方
昼食のあとは3時頃まで家で過ごす。上の子の学校の授業が2時半に終わるからだ。上の子が帰ってくるまで下の子を適当にあしらいつつ、こんな文章を書いたりする。でもおうおうにして娘に時間を食われる。男の子が帰ってきたあとは、再び公園に遊びに連れて行ったり、買い物に連れて行く。そんなこんなで5時までには家に帰る。

夕方〜就寝
5時過ぎから夕食作りを始める。上の子が5時半くらいにはお腹が減って死にそうだと号泣する。号泣する元気があるなら死なないと思うのだけど、僕はもくもくと食事を作る。この時間には僕も疲れてくるのだ。体力のほうは別に問題ない。問題は精神のほうだ。流しにたまる食器とコップ、減らない洗濯物、やまない子どもの泣き声。だんだん病んでくる。まあなんのかんのと6時までには夕飯を食べ始める。

夕飯の後は子ども2人と一緒にお風呂に入り、風呂から出た後は3人分(息子、娘、自分)の歯を磨く。ここまでが必須業務だ。そして8時頃には布団に入る。でもすぐには寝ない。必須業務は終わっているのだけれど、ここからもうひと押しが入る。

寝る前に本の読み聞かせがある。本の読み聞かせなんて始めた自分が恨ましい。ドラえもんがいたら過去に戻って自分に警告するところだ。苦行を自ら増やすな、と。

いま読んでいるのは『Big Fat Cat』という英語の本。むかし自分の英語学習用に買った本だ。これまでにドリトル先生やら西遊記やら銀河鉄道の夜やらを読んできた。もちろん日本語の本である。
この『Big Fat Cat(大きい太った猫)』は絵本みたいな本だが、なかなかストーリーがよくできていて気に入って本棚に置いていた。それを男の子が見つけてきて、おもしろそうだから読めと言ってきたのだ。最初は簡単な単語で文章も短くていいのだが、中盤から英語がやや本格的になっていく。

絵はついているし、それほど難しい英語ではないけれど、英語は英語である。僕は日本語生まれ、日本語育ちの日本人だから英語を同時翻訳しながら読み聞かせることについては慣れていない。当たり前だ。クラッカーだ。

でも子どもは(とくに8歳の男の子は)目をキラキラさせながら話を聞いている。僕は一日の最後の苦行だと思ってなんとか(英単語が分からない部分は適当に話をつくって)読んでやる。

そんなこんなで今日も一日が過ぎてゆく。文章にして振り返るだけで疲れる。はあ。

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