「介護はプロに、家族は愛情を」で良いケアができるか?


オピニオン

「介護はプロに、家族は愛情を」
「介護はプロに、家族は愛情を」。僕が介護の仕事に就いた10年ほど前によく聞いたフレーズである。この言葉にはこれまで介護職が自明のものとしてきた「物語の枠組み」が表現されていると思う。
家族が介護を一方的に担い、それが限界に達し、もう介護ができなくなった。だから家族にかわり、介護のプロである施設(介護職)がケアを担う。
介護職はやっかいな要介護老人を一生懸命に介護する。家族から介護を物理的に寸断し、要介護老人と介護施設(介護職)の二者間だけで成立する物語。

従来の大きな物語枠組みが崩壊している
これが私たち介護職が信じてきた「グランド・セオリー(大きな物語)」だった。誰もそれに文句を挟まなかったし、疑義も呈さなかった。しかし、この物語の枠組みに転換が迫られていると思う。施設の外部(家族)から、そして内部(介護職)からも。

虐待を家族が発見する時代
平成27年9月に神奈川の介護付有料老人ホーム「Sアミーユ川崎幸町」で介護職の虐待を家族がビデオカメラに隠し撮りし、虐待を発覚させた。これは施設の外部が従来の「大きな物語」の転換を迫った一例だ。ここには非常に大きな問題がある。
「介護はプロに、家族は愛情を」というこれまでの物語の枠組みでは、すでに外部(家族)を支えきれなくなっている。そしてこの物語の枠組みは内部(介護職)をも支えきれなくなっているのだ。
Sアミーユ川崎幸町での転落死事故。もはや事故ではなく、事件として警察は取調べている。3人の転落時に夜勤に入っていた23歳の男性介護職が殺人容疑で逮捕された。

僕はこれは特殊なケースだと思う。本当に3人もの人を殺意を持ってベランダから投げ落としたのだとすれば。
だが、同時に3人もの入所者の転落事件を許したこの介護施設内の環境はどうなっていたのか、と思わざるをえない。良いケアをしている介護施設では絶対にこんな事件はおこらない。僕はそう思う。

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