とことん絶望した先にあるものをみつけよう


若い介護職のための「居酒屋介護勉強会(IKB)」 


居酒屋勉強会

ポジティブばかりではやっていけない

IKBは名前の通り、居酒屋で行う勉強会です。あくまでも勉強会ですが、飲みながらゆるく行います(笑)。なお、未成年や学生には参加費の値引きがあります(参加申し込みのときにご相談ください)。

この勉強会は「明日から役立つ介護知識・技術が当面のテーマ」です。

と言いたいところですが、そんな勉強会ないし交流会って世の中にくさるほどありますよね?最初はこの勉強会もそんなポジティブなベクトルでやっていこうと考えていました。でもよくよく考えてみて、別のベクトルもありなんじゃないか?と思いました。

介護現場にはもっと「徹底した絶望」が必要じゃないのか?

この勉強会はこれからしばらく「介護現場に対する絶望」をテーマにしていきたいと思います。介護現場で働いていくのはポジティブなことばかりではありません。いや、どちらかと言えばネガティブな物事のほうが多いかもしれません。

新しい介護方法なんか学ばない無理解で嫌味な介護リーダー

「そんなに認知症老人のケアするのが嫌なら病院に戻れば?」と言いたくなる看護師

事務所に入るとオートで「稟議書を出せ」と言ってくる金のことしか考えていない事務長

制度のことなんて何も理解していないアホな施設長

などなど。これ以上は続けませんが、介護の現場で働いていて嫌になることはたくさんあります。もちろん要介護老人も生半可な人々ではありません。要介護度ではなく、妖怪後度1~5の一筋縄ではいかないさまざまな(オモロイ)お年寄りが多くいます。

研修会のメインは「不平、不満の吐きだし口」?

勉強会や研修会後によくある懇親会で一番盛り上がる話題と言えば、職場の不平や不満です。「わたしは今の職場で働けて幸せいっぱいです!!」と目をキラキラさせながら言いきれる人は10人に1人いれば良いほうです(そんなにもいないか)。

それなら、不平、不満の吐き出し口をメインにした会が一つくらいあってもいいじゃないか?と思いました。介護の現場で働いていて嫌なところを、とことん他の参加者と共有し、介護の現場をいっそう嫌いになればいいじゃないか、と。

とりあえず、とことん介護の現場に絶望しよう。

そして、とことん絶望した「その先」には何が見えるのか?僕はそれを見たいのだと思います。だからこういった会を開催しています。参加資格は「介護の現場に一度は絶望したことのある人」です。問題を自己解決できる人はお断りしています。



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「ワーカーズ交流会 IKB」 今回のテーマは・・・

「臨終後から考える臨終前ケア」

生きることは病であり、眠りはその緩和剤、死は根本治療

医療の世界には、「治癒(完治)」や「寛解」、そして「死」という複数の終わり(ゴール)が存在します、しかし、老人介護の終わり(ゴール)はたったひとつしかありません。
それは老人本人の「死」です。
マックス・ヴェーバーがうまいことを言っています。
「生きることは病であり、眠りはその緩和剤、死は根本治療」。

経験の浅い介護職が介護の場面で多少の失敗をしても、挽回するチャンスはあります。しかし、死(臨終)はたった一回きり。人は2度死ぬことはできません。オムツ交換のように「ちょっと失敗したから」といって体位の交換のやり直しはできても、ターミナルケアのやり直しはできないのです。

また他の動物と違い、人間は「死」を複雑な気持ちで受け止めます。そのため、ヴェーバーの言った根本治療でもその方法、つまりターミナルケアが大事になります。介護職として経験が浅いから、といってもターミナルケアは待ってくれません。

人間は死と太陽を直視することはできない

一般人よりは葬儀関係者と顔を合わせる機会が多い介護関係者。葬儀とは「死を悼む」ための手段ですが、葬儀の内容となるとよく知らないという人は多いのではないでしょうか?そこで、葬儀の基本的なマナーから、在宅、施設での死の迎え方まで、その道のプロである一級葬祭ディレクターをから話をお聞きします。

また、実際の棺に入ることができる納棺体験もできます。お棺に入るのは普通死んでからなので、納棺された感想を誰かと共有することはできません。お棺の中から参列者を眺める経験は、自分が死んでいるとできません。18世紀のフランス貴族であったラ・ロシュフーコーは、「人間は死と太陽を直視することはできない」と言いました。生きたままお棺に入る体験から死を身体で感じてみる貴重な経験ができます。

また、これは関西人としては非常に強力な話のネタになります。関西人ならこの機会にぜひご参加ください!

死は生の対極としてではなく、その一部として存在する

人の「死」はその前のあり方(介護)と、その後のあり方(葬儀)があり、そのあり方によって善し悪しが決まるといっても過言ではありません。それでは葬儀の意味とは一体何でしょうか?

ヒトの葬儀文化は約10万年前のネアンデルタール人までさかのぼることができると言われています。時代によって葬儀の考え方、行い方は変化してきましたが、死を悼むという儀式はヒトの証明(文化)であると言えるでしょう。

しかし、ある調査では東京で亡くなった方の3割が葬儀を行わず、火葬(いわゆる直葬)だけですませているとのことです。東京都福祉保健局の統計を見ると、平成25年の東京都の死亡者数は約11万人。そのうちの3割というと、約3万6千人が葬儀を行っていないということになります。日本の中で東京都は特殊な地域ですから、直葬が多いことも珍しいことではない、と言われるかもしれません。しかし、本当にそうなのでしょうか。

個人の価値観や費用の問題もあり、いちがいに直葬を批判することはできません。僕も20代前半までは葬儀の意味を見出せませんでした。死んだら終わりなのに(また特に宗教も信じていないのに)、お坊さんがきて、みんなの前でお経を唱える意味が理解できませんでした。

しかし、僕は自身の母親を亡くした後くらいから、ヒトの「死」は生物学的な死で完結するものではなく、社会的な死の経験も大事なのだと、今では考えるようになっています。高齢者の在宅での死をご家族とともに看取る経験をするうちに、その考えはいっそう強まりました。

今回は臨終前後のケアと葬儀の意味とは何か?をセットで考えるイベントにしたいと思います。特別養護老人ホーム プライム江井ヶ島のユニットリーダーの岡田氏と、タルイ会館舞子館長 一級葬祭ディレクターの小黒氏、そして東野によるトークセッションを行ないます(詳細はこちらのチラシをご覧ください)。

第1部はトークセッション、第2部は懇親会

☆テーマ:「臨終後から考える臨終前ケア」

☆日時:平成27年8月22日(土)16時~20時(受付15時30分~)


☆会場:グリーンハウスアクア(兵庫県神戸市中央区磯上通4−1−25)


☆参加費:第1部 500円(ワンドリンク付き) 
第2部 5500円(懇親会費)

参加費は誰でも一律500円にしました。飲み放題、食べ放題で納棺体験付きのイベントはここだけです。ぜひご参加を。

なお、今回は近畿医療福祉大学(現 神戸医療福祉大学)同窓会執行部様の後援があり、懇親会費は無料となります。



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ワーカーズ交流会 第3回IKB盛況のうちに終わりました!

今回のワーカーズ交流会交流会は盛況のうちに開催することができました。お忙しい中、ご参加いただいた方、ありがとうざいました。また次回のご参加もお待ちしています。

第1部のトークセッションの様子はこちらからごらんいただけます(動画が再生されます)。


トークセッション
写真右から京都の特別養護老人ホーム出丸苑の相談員王生(いくるみ)氏(司会)。神戸市のタルイ会館舞子館長の小黒氏(葬儀屋)、明石市の特別養護老人ホームユニットリーダーの岡田氏(施設介護職)、そして当研究所の東野(在宅ケアマネ)。という取り合わせ。


参加者
途中で数名入れ替わりがありましたが、総勢40名強の参加者が集まってくださいました。会場のキャパシティからするとちょうどよかったですね。


交流会開始
第2部の交流会の様子。最初はグループにわかれ、意見交換。みな20代〜30代の若い対人援助職ばかり。職種は介護、相談(ケアマネ)。老人介護分野ばかりでなく、障害者領域で働いている人も。


納棺体験
生きたときに棺にはいることは普通の人はないと思いますので、貴重な体験だったのではないでしょうか。藤田まことも利用したというお棺をもってきてもらいました。